1 はじめに
今回のコラムでは、特許庁の審査の運用に基づいて(「AI関連技術に関する事例について」(2024年・特許庁)、「AI関連技術に関する事例の追加について」(2024年3月13日・特許庁審査第一部調整課審査基準室))、学習済みモデルの学習方法に特徴を有する場合について紹介します。
2 設例(以下の特許出願は、特許となるでしょうか。)(※1)
(1) 特許明細書等の出願書類
発明の名称:放射線画像の輝度調節に用いられる学習済みモデルの学習方法 特許請求の範囲【請求項1】 人体の写り込んだ放射線画像を入力とし、前記放射線画像の輝度調節パラメータを出力とする学習済みモデルの機械学習処理による学習方法であって、 コンピュータが、 学習用放射線画像と、前記学習用放射線画像が輝度調節された教師画像とが対応付けられた教師データを取得するステップと、 前記教師データに含まれる前記学習用放射線画像を入力し、学習中の学習モデルにより前記学習用放射線画像の前記輝度調節パラメータを出力するステップと、 前記学習モデルにより出力された前記輝度調節パラメータを用いて、損失関数の値を取得するステップと、 前記損失関数の値が小さくなるように前記学習モデルを最適化するステップと、を実行し、 前記損失関数は、前記教師画像の画素値と、前記学習用放射線画像を、前記学習モデルにより出力された前記輝度調節パラメータに基づいて輝度調節した輝度調節後画像の画素値との誤差に基づく関数であり、 前記損失関数は、前記輝度調節後画像の画素値の飽和が発生する画素においては、前記誤差に対して所定の重みを積算することで、前記損失関数の値が相対的に大きく見積もられることにより、画素値の飽和の発生を抑制する方向に学習を偏らせるように構成されている、 学習済みモデルの機械学習処理による学習方法。 |
(2) 発明の概要
従来、放射線画像の輝度調節として、所定のアルゴリズムに従って人体を撮影した入力画像の各画素の輝度値を変換する方法が知られていたが、輝度を調節する領域が不適切であったり、アルゴリズムが想定する画素の分布から外れた画像に対応ができなかったりした場合に、視認性を悪化させ、診断に不適切な輝度調節となる問題がありました。
これに対し、機械学習された学習済みモデルを用いて、輝度調節パラメータを入力画像から直接推定する方法が存在しますが、最適値を出力するように単純に学習された学習済みモデルを用いた場合、出力される輝度調節パラメータは最適値に対して、輝度を大きくする方向と、輝度を小さくする方向とにそれぞれぶれてしまい、放射線画像の輝度調節を適切に行うことに課題がありました。
そこで、請求項1にかかる発明は、損失関数が、輝度調節後画像の画素値の飽和が発生する画素においては、教師画像の画素値と輝度調節後画像の画素値との誤差に対して所定の重みを積算することで、前記損失関数の値が相対的に大きく見積もられることにより、画素値の飽和の発生を抑制する方向に学習を偏らせるようにして、放射線画像の適切な輝度調節を実現しました。
これに対し、機械学習された学習済みモデルを用いて、輝度調節パラメータを入力画像から直接推定する方法が存在しますが、最適値を出力するように単純に学習された学習済みモデルを用いた場合、出力される輝度調節パラメータは最適値に対して、輝度を大きくする方向と、輝度を小さくする方向とにそれぞれぶれてしまい、放射線画像の輝度調節を適切に行うことに課題がありました。
そこで、請求項1にかかる発明は、損失関数が、輝度調節後画像の画素値の飽和が発生する画素においては、教師画像の画素値と輝度調節後画像の画素値との誤差に対して所定の重みを積算することで、前記損失関数の値が相対的に大きく見積もられることにより、画素値の飽和の発生を抑制する方向に学習を偏らせるようにして、放射線画像の適切な輝度調節を実現しました。
(3) 特許出願の帰趨 (※2)
上記内容を出願した場合、請求項1にかかる発明は、進歩性を有し(※3)(特許法29条2項)、特許されます。
なぜならば、請求項1にかかる発明は、損失関数が、輝度調節後画像の画素値の飽和が発生する画素においては、教師画像の画素値と輝度調節後画像の画素値との誤差に対して所定の重みを積算することで、前記損失関数の値が相対的に大きく見積もられることにより、画素値の飽和の発生を抑制する方向に学習を偏らせるように構成されているのに対して、従来技術にかかる発明では、そのような構成を有していない点にあるところ、この相違点については、先行技術文献は発見されておらず、同相違点の構成は、引用発明1比較した有利な効果を有するからです。
なぜならば、請求項1にかかる発明は、損失関数が、輝度調節後画像の画素値の飽和が発生する画素においては、教師画像の画素値と輝度調節後画像の画素値との誤差に対して所定の重みを積算することで、前記損失関数の値が相対的に大きく見積もられることにより、画素値の飽和の発生を抑制する方向に学習を偏らせるように構成されているのに対して、従来技術にかかる発明では、そのような構成を有していない点にあるところ、この相違点については、先行技術文献は発見されておらず、同相違点の構成は、引用発明1比較した有利な効果を有するからです。
3 本事例から学ぶ留意点
AI関連発明の中でも、教師データ自体に特徴を有しているもの、又は、入出力のデータの関係に特徴を有しているものが、特許されうることは、過去のコラムでも既に述べたとおりです。今般、紹介する事例は、学習済みモデルの学習方法に特徴がある場合です。具体的には、上記事例では、損失関数が、輝度調節後画像の画素値の飽和が発生する画素においては、教師画像の画素値と輝度調節後画像の画素値との誤差に対して所定の重みを積算することで、前記損失関数の値が相対的に大きく見積もられることにより、画素値の飽和の発生を抑制する方向に学習を偏らせるようにできる点に特徴があります。このように、学習方法に特徴がある場合も、従来に着目されてこなかった方法であれば、特許となりうるので、実務上参考となるでしょう。<注釈>
(※1) 本文中枠内は、「AI関連技術に関する事例について」(2024年・特許庁)72~73頁から引用、図表は「AI関連技術に関する事例の追加について」(2024年3月13日・特許庁審査第一部調整課審査)19頁から引用。
(※2) 特許出願の帰趨の詳細は、「AI関連技術に関する事例について」(2024年・特許庁)74頁参照。
(※3) その他の特許要件は具備しているものとします。
(※2) 特許出願の帰趨の詳細は、「AI関連技術に関する事例について」(2024年・特許庁)74頁参照。
(※3) その他の特許要件は具備しているものとします。
以上
※「THE INDEPENDENTS」2025年6月号 P.11より
※掲載時点での情報です
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弁護士法人 内田・鮫島法律事務所 弁護士/弁理士 高橋 正憲 氏 2004年北海道大学大学院工学研究科量子物理工学専攻修了後、(株)日立製作所入社、知的財産権本部配属。2007年弁理士試験合格。2012年北海道大学法科大学院修了。2013年司法試験合格。2015年1月より現職。 【弁護士法人 内田・鮫島法律事務所】 所在地:東京都港区虎ノ門2-10-1 虎ノ門ツインビルディング東館16階 TEL:03-5561-8550(代表) 構成人員:弁護士34名・スタッフ16名 取扱法律分野:知財・技術を中心とする法律事務(契約・訴訟)/破産申立、企業再生などの企業法務/瑕疵担保責任、製造物責任、会社法、労務など、製造業に生起する一般法律業務 http://www.uslf.jp/ |