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「AI関連発明の特許出願時の留意点 (10)」

1 はじめに

 本コラムでは、設例に基づき、AI関連発明の特許出願時の留意点を検討します。
 

2 設例(※1)(以下の特許出願は、特許となるでしょうか。)

 スタートアップA社は、学習済みの人工知能モデルにより、被験物質のヒトにおけるアレルギー発症率を予測する方法を発明しました。
 A社は、請求項1及び請求項2に記載の発明をし、以下の出願書類において、特許出願をしました。
 


(1) 特許明細書等の出願書類

 【発明の名称】 被験物質のアレルギー発症率を予測する方法


【特許請求の範囲】
【請求項1】
 ヒトにおけるアレルギー発症率が既知である複数の物質を個別に培養液に添加したヒトX細胞の形状変化を示すデータ群と、前記既存物質ごとのヒトにおける既知のアレルギー発症率スコアリングデータとを学習データとして人工知能モデルに入力し、人工知能モデルに学習させる工程と、
 被験物質を培養液に添加したヒトX細胞において測定されたヒトX細胞の形状変化を示すデータ群を取得する工程と、
 学習済みの前記人工知能モデルに対して、被験物質を培養液に添加したヒトX細胞において測定されたヒトX細胞の形状変化を示す前記データ群を入力する工程と、
 学習済みの前記人工知能モデルにヒトにおけるアレルギー発症率スコアリングデータを算出させる工程とを含む、
ヒトにおける被験物質のアレルギー発症率の予測方法。
 
【請求項2】
 ヒトX細胞の形状変化を示すデータ群が、ヒトX細胞の楕円形度、凹凸度、及び扁平率の形状変化の組合せであり、アレルギーが接触性皮膚炎である、請求項1に記載の予測方法。
 
発明の詳細な説明
 本発明は、学習済みの人工知能モデルにより、被験物質のヒトにおけるアレルギー発症率を予測する方法に関するものであり、その課題は、候補物質探索のできるだけ早い段階で、ヒトにおける被験物質のアレルギー発症率を予測することにより、候補物質探索段階における損失を防止することにある。
 実施例において、(1)接触性皮膚炎発症率が既知の物質を別々にヒトX細胞の培養液に添加しヒトX細胞の楕円形度、凹凸度、及び扁平率に係る添加前後の形状変化を示すデータ群を取得し、3種の前記形状変化データと、これらの物質の接触性皮膚炎発症率スコアリングデータとを学習データとして汎用の人工知能モデルに入力して学習させたこと、(2)人工知能モデルの学習に用いなかった、接触性皮膚炎発症率が既知の物質を別々にヒトX細胞の培養液に添加しヒトX細胞の楕円形度、凹凸度、及び扁平率に係る添加前後の形状変化を示すデータ群を取得し、前記学習済みの人工知能モデルに入力して、人工知能モデルの予測する接触性皮膚炎発症率スコアリングデータを求めたところ、予測スコアと実際のスコアの差が○%以下の物質が○%以上を占めたことを確認した実験結果が記載されている。

(2) 技術常識
前提
 出願時の技術常識に鑑みても、アレルギー発症率と細胞の形状の変化の間に相関関係等の一定の関係(以下、本事例においては「相関関係等」という。)が存在することは、推認できないものとする。

(3) 特許出願の帰趨 (※2) 

 上記内容を出願した場合、請求項2は特許されますが、請求項1は特許されません。
 なぜならば、請求項1については、「ヒトX細胞の形状変化を示すデータ群」と「アレルギー発症率スコアリングデータ」とを学習データとする、「アレルギー発症率の予測方法」が記載されているが、詳細な説明には、ヒトX細胞の形状変化の具体例として、ヒトX細胞の楕円形度、凹凸度、及び扁平率が記載されるだけで、それ以外に存在するヒトX細胞の形状変化が記載されていないので、サポート要件 (※3)(特許法36条1項1号)に違反するからです。
 

3 本事例から学ぶ留意点
 
 本件では、詳細の説明の記載を上位概念化して、「ヒトX細胞の形状変化を示すデータ群」として、権利取得することが難しい事例でした。勝負を分けたポイントは、実施例(具体例)の記載が、「ヒトX細胞の楕円形度、凹凸度、及び扁平率」の組み合わせの1つしか記載がなかった点です。実施例(具体例)の記載が複数あれば、本件の請求項1にて、権利取得の可能性がありました。
 特許出願する際には、実施例(具体例)を複数個、創出し、権利化することで、強い(上位概念化した文言で、広い権利範囲で)権利を取得することができることに留意しましょう。

 

<注釈>

(※1) 本コラムで紹介するのは、「AI関連技術に関する事例について」(2019年・特許庁)の事例50です。本文中枠内は、「AI関連技術に関する事例について」(2019年・特許庁)17~18頁から引用、図表は「AI関連技術に関する事例の追加について」(2019年1月30日・特許庁審査第一部調整課審査基準室)23頁から引用。

(※2) 特許出願の帰趨の詳細は、「AI関連技術に関する事例について」(2019年・特許庁)18~19頁参照。
 
(※3) サポート要件とは、権利を請求する範囲(特許請求の範囲)が、明細書等での記載内容よりも広すぎるという拒絶理由です。
 
 
以上
 
※「THE INDEPENDENTS」2024年8月号 P.13より
※掲載時点での情報です
 

 
  弁護士法人 内田・鮫島法律事務所 弁護士/弁理士 高橋 正憲 氏

2004年北海道大学大学院工学研究科量子物理工学専攻修了後、(株)日立製作所入社、知的財産権本部配属。2007年弁理士試験合格。2012年北海道大学法科大学院修了。2013年司法試験合格。2015年1月より現職。

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