「AI関連発明の特許出願時の留意点 (2)」
1 はじめに
本コラムでは、設例に基づき、AI関連発明の特許出願時の留意点を検討します。
2 設例(※1)(以下の特許出願は、特許となるでしょうか。)
スタートアップA社は、人のフェイスラインとBMIとの間に統計的に有意な相関関係があることを発見し、人のフェイスライン角度と身長及び体重の実測値を教師データとして、機械学習によって、推定モデルを生成しました。そして、同推定モデルを用いて、現実に取得したフェイスライン等の情報から、体重の推定値を出力するシステムの開発に成功しました。A社は、以下の出願書類において、特許出願をしました。
(1) 特許明細書等の出願書類
【発明の名称】 体重推定システム
【特許請求の範囲】
【請求項1】人物の顔の形状を表現する特徴量と身長及び体重の実測値を教師データとして用い、人物の顔の形状を表現する特徴量及び身長から、当該人物の体重を推定する推定モデルを機械学習により生成するモデル生成手段と、人物の顔画像と身長の入力を受け付ける受付手段と、前記受付手段が受け付けた前記人物の顔画像を解析して前記人物の顔の形状を表現する特徴量を取得する特徴量取得手段と、前記モデル生成手段により生成された推定モデルを用いて、前記特徴量取得手段が取得した前記人物の顔の形状を表現する特徴量と前記受付手段が受け付けた身長から体重の推定値を出力する処理手段とを備える体重推定システム。 【請求項2】前記顔の形状を表現する特徴量は、フェイスライン角度であることを特徴とする、請求項1に記載の体重推定システム。
【発明の詳細な説明】
本発明の目的は、体重計を用いることなく、外出先から気軽に使用することのできる体重推定システムを提供することにある。人相とその人の体格には、一定の関係が存在する。例えば、図1に記載されているように、頬のラインと顎のラインが形作る角度をフェイスライン角度と定義すると、発明者は、フェイスライン角度の余弦と、その人物の BMI(体重/(身長の二乗))との間に、統計的に有意な相関関係があることを発見した。図2に示すように、横軸に BMI、縦軸にフェイスライン角度の余弦をとった座標空間にデータをプロットした場合、線形の関数で近似することができる。この事実に基づくと、フェイスライン角度と BMIの計算に利用する身長及び体重の間には一定の相関関係が存在すると言えることから、人物の顔画像を解析することで取得したフェイスライン角度と身長及び体重の実測値を教師データとして、ニューラルネットワークなど公知の機械学習アルゴリズムを用いた機械学習によって、高い精度の出力が可能な推定モデルを生成することができる。また、上記実施の形態では人物の顔の形状を表現する特徴量としてフェイスライン角度を取り上げたが、当該フェイスライン角度以外にも、顔画像から取得される、顔の形状を表現する任意の特徴量を用いることが可能である。
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(2) 特許出願の帰趨 (※2)
上記内容を出願した場合、請求項2は特許されますが、請求項1は特許されません。
なぜならば、請求項1については、「人物の顔の形状を表現する特徴量」と「受付手段が受け付けた身長」から体重の推定値を出力するものでありますが、詳細な説明には、フェイスライン角度とBMI(体重/身長の二乗)の関係は記載されていますが、それ以外の人物の顔の形状を表現する特徴量と、体重の相関関係が記載されていないので、サポート要件(※3)(特許法36条1項1号)に違反するからです。
なぜならば、請求項1については、「人物の顔の形状を表現する特徴量」と「受付手段が受け付けた身長」から体重の推定値を出力するものでありますが、詳細な説明には、フェイスライン角度とBMI(体重/身長の二乗)の関係は記載されていますが、それ以外の人物の顔の形状を表現する特徴量と、体重の相関関係が記載されていないので、サポート要件(※3)(特許法36条1項1号)に違反するからです。
3 本事例から学ぶ留意点
現実の開発成果を特許出願する際、成果を上位概念化して、広範な権利を取得するように試みるのが特許実務です。しかし、上位概念で記載された教師データに含まれる複数種類のデータの間に相関関係等が存在することが明細書等に裏付けられておらず、出願時の技術常識を鑑みてもそれらの間に何らかの相関関係等が存在することが推認できない場合、特許されないことに留意すべきです。
<注釈>
(※1) 本コラムで紹介するのは、「AI関連技術に関する事例について」(2019年・特許庁)の事例49である。本文中枠内は、「AI関連技術に関する事例について」(2019年・特許庁)14頁から引用、図表は「AI関連技術に関する事例の追加について」(2019年1月30日・特許庁審査第一部調整課審査基準質)21頁から引用。
(※2) 結論は、「AI関連技術に関する事例について」(2019年・特許庁)15~16頁参照。
(※3) サポート要件とは、権利を請求する範囲(特許請求の範囲)が、明細書等での記載内容よりも広すぎるという拒絶理由です。
以上
※「THE INDEPENDENTS」2023年12月号 P.11より
※掲載時点での情報です
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弁護士法人 内田・鮫島法律事務所 弁護士/弁理士 高橋 正憲 氏 2004年北海道大学大学院工学研究科量子物理工学専攻修了後、(株)日立製作所入社、知的財産権本部配属。2007年弁理士試験合格。2012年北海道大学法科大学院修了。2013年司法試験合格。2015年1月より現職。【弁護士法人 内田・鮫島法律事務所】 所在地:東京都港区虎ノ門2-10-1 虎ノ門ツインビルディング東館16階 TEL:03-5561-8550(代表) 構成人員:弁護士25名・スタッフ13名 取扱法律分野:知財・技術を中心とする法律事務(契約・訴訟)/破産申立、企業再生などの企業法務/瑕疵担保責任、製造物責任、会社法、労務など、製造業に生起する一般法律業務 http://www.uslf.jp/ |