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「スタートアップの資金調達における日米格差」

  インデペンデンツクラブ代表理事 秦 信行 氏

早稲田大学政経学部卒業。同大学院修士課程修了(経済学修士)。野村総合研究所にて17年間証券アナリスト、インベストメントバンキング業務等に従事。1991年JAFCO に出向、審査部長、海外審査部長を歴任。1994年國學院大学に移り、現在同大学名誉教授。1999年から約2年間スタンフォード大学客員研究員。日本ベンチャー学会理事であり、日本ベンチャーキャピタル協会設立にも中心的に尽力。2019年7月よりインデペンデンツクラブ代表理事に就任。

 

 日米VCの年間投資額にはかなりの格差があることは皆さんご存知のことだと思う。VEC調査によると、米国の2022年VC年間投資額は前年から30%減少して3兆2000億円弱(1ドル=131.5円換算)、日本は年度ベースで前年度比6%減少して3220億円、米国と比較すると経済規模の差があるとはいえ、約10分の1の水準に過ぎない。

 一方、日米のスタートアップの年間資金調達額、すなわちVCだけからではなく公的機関や事業会社など様々な資金供給先からの資金調達額を見ると、日本はInitialのデータによると2022年は前年比3%増加の8774億円、米国については正確なデータはないが、手元にある資料から推計すると約2800億ドル、1ドル=130円で計算すると約36兆円となり、日米の格差はVC投資額以上に大きくなる。

 日本でも最近、上場企業と未上場企業双方を投資対象とするクロスオーバー投資家などVC以外のプレーヤーや海外VCからの投資も出て来ているようだが、日本のスタートアップの資金調達については、資金供給の絶対額が依然小さいことと、グロースステージ=レーターステージへの投資が少ないことが問題だといえる。

 Initialではスタートアップの増資ラウンドを独自に定義した上で、2015年以降の増資ラウンド毎の実施社数を明らかにしている。それによると、サンプル数6979社の内シリーズD以降で増資を行ったケースは130社と全体の2%弱に過ぎず、シリーズCを入れても7%弱であり、大半がシリーズAないしはBまでの資金調達で終わっている。つまり日本の場合、未上場段階でのグロースステージでの資金調達が少なく、結果的にIPOするスタートアップも小粒な企業が多くなっているように思う。

 米国については、スタートアップ全体の資金調達についてのデータはないが、最近米国でIPOした代表的なスタートアップの資金調達を個々に見ると状況は異なる。

 例えば手許の資料によると、2009年創業し2021年にナスダックに上場した電気自動車のリビアン・オートモーティブは未上場段階でシリーズAからシリーズGまで7回の調達を行っている。2012年に創業し2021年にナスダックに上場したシンガポールの配車アプリのグラブは、シードラウンドの後シリーズAからIまで9回の増資を行っている。日本でもライドシェアで有名なウーバー・テクノロジーズは2009年創業、2019年にNY市場に上場、その間シリーズGまで7回のラウンドの資金調達を行っている。彼らはその間にいずれも80億ドル(1ドル=130円換算で約1兆円)前後の資金を調達している。

 3社の未上場段階でのファイナンス・ラウンドを手許資料で見てきたが、その他にも未上場段階で巨額の資金調達を行ったスタートアップは多数存在する。加えて、具体的な資金提供者は必ずしもVCではなく、先に触れたクロスオーバー投資家や事業会社、ヘッジファンドなども含まれているようだ。規制の少ない未上場段階での多額の資金調達は上場後の更なる企業成長に繋がっている。日本のスタートアップについても、未上場段階で数多くの資金提供者が投資する環境になることを期待したい。

※「THE INDEPENDENTS」2023年8月号 掲載 - p12より
※冊子掲載時点での情報です