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「バイオベンチャーへの期待」

  インデペンデンツクラブ代表理事 秦 信行 氏

早稲田大学政経学部卒業。同大学院修士課程修了(経済学修士)。野村総合研究所にて17年間証券アナリスト、インベストメントバンキング業務等に従事。1991年JAFCO に出向、審査部長、海外審査部長を歴任。1994年國學院大学に移り、現在同大学名誉教授。1999年から約2年間スタンフォード大学客員研究員。日本ベンチャー学会理事であり、日本ベンチャーキャピタル協会設立にも中心的に尽力。2019年7月よりインデペンデンツクラブ代表理事に就任。

 

 先日の5月の月例会では、特別セッションとして川崎市イノベーション推進部長の田邉聡氏、NEDOイノベーション推進部スタートアップグループ主査の伊吹信一郎氏、バイオ・サイト・キャピタル(株)専務の福田伸生氏のお三方にご登壇頂き、「ディープテック・スタートアップの支援について」をテーマにお話を伺った。

 ディープテックとは、簡単に言えば科学的な発見などを活用して社会に大きなインパクトを与える技術、社会的課題を解決できる技術だと言われる。その事業分野は、新素材、AI、ロボット、バイオテクノロジーなど多岐にわたる。筆者は技術については素人ではあるが、友人が執筆し6月に出版予定の『創薬ベンチャーがよく分かる本』(PHPエディターズ)を参考に、ここではバイオベンチャーについて書いてみたい。

 バイオベンチャーと言えば、コロナ・ワクチンを開発した米国のモデルナ社が一躍有名になったが、その本によるとモデルナ社以外にも2010年代以降創薬開発の主役はファイザー、ノバルティス、ロシュといった所謂メガファーマから、モデルナなどのバイオベンチャーに移ったのだという。その背景は2つあり、一つが「2010年問題」といわれる特許切れの問題、もう一つが薬の標的の枯渇という問題だとされる。

 特許には期限がある。医薬品の場合特許期限が切れると先発医薬品と有効成分が同じで安価なジェネリック医薬品が生産され、先発医薬品は市場のかなりの部分を失ってしまう。そうした問題が2010年頃にメガファーマの収益源である幾つかのブロックバスター(年間売上が1000億円以上の大型医薬品)と謂われる医薬品で起こった。

 もう一つの標的の枯渇については、1990年以降大手は患者数が多い疾患を標的に次々と新薬を開発し収益を伸ばしてきたが、そうした標的がなくなってきたという。

 こうした問題を背景に、大手創薬メーカーは2010年頃以降基礎研究から開発までを自前で抱え込む自前主義を転換し、アカデミアとそこから派生しVC等が応援するバイオベンチャーの叡智を取り込む形にならざるを得なくなっている。上記の本によると、米国で開発された新薬の内、元々の起源がアカデミアないしはバイオベンチャーである新薬の比率は、2000年以前と比較して2010年以降では格段に上昇しているという。ただ、バイオベンチャーの場合、多くは営業部隊が弱く、そのため開発医薬品の多くは医薬品として承認される前にメガファーマにライセンスアウトされることになる。

 米国の最近のライフサイエンス分野へのVC投資額を見ると、年間50億ドル以上(1ドル=135円換算で約7兆円)へと急拡大している。それに対して日本の同分野へのVC投資は米国同様近年拡大しているとはいえ700億円程度に過ぎない。その差は大きい。

 とはいえ、日本の医薬品の研究水準は世界的に見ても高い。それは、研究者数、発表論文数、ノーベル賞受賞者数などの点で確認できる。問題は開発に長い時間と莫大な資金が必要になることである。政府もようやく本腰を入れてディープテック・スタートアップへの支援を考え始めた。日本のバイオベンチャーの今後の飛躍にも期待したい。


※「THE INDEPENDENTS」2023年6月号 掲載 - p3より
※冊子掲載時点での情報です