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「世界のスタートアップ経済確立競争」

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インデペンデンツクラブ代表理事
秦 信行 氏

早稲田大学政経学部卒業。同大学院修士課程修了(経済学修士)。野村総合研究所にて17年間証券アナリスト、インベストメントバンキング業務等に従事。1991年JAFCO に出向、審査部長、海外審査部長を歴任。1994年國學院大学に移り、現在同大学名誉教授。1999年から約2年間スタンフォード大学客員研究員。日本ベンチャー学会理事であり、日本ベンチャーキャピタル協会設立にも中心的に尽力。2019年7月よりインデペンデンツクラブ代表理事に就任。



 2008年秋のリーマンショックが癒えた2010年代中盤以降、デジタル技術など新しい技術の開発・進歩に伴い、社会課題をそうした新技術を利用して解決しようという起業家やスタートアップの輩出が世界的に活発化している。そして世界の国々では、スタートアップ経済の確立に向けての競争が始まっている。

 先鞭をつけたのは米国で、シリコンバレーを中心にスタートアップへのVC投資額は近年急拡大している。VEC『ベンチャー白書2021』でみると2015年の年間850億ドルが2020年には1640億ドルにほぼ倍増、2021年についてはさらに増加している模様なのだ。

 そうした未上場のスタートアップへの投資の拡大に伴い、米国では時価総額が10億ドル以上(日本円では1000億円強)を優に超える所謂ユニコーンが数多く生まれている。調査会社のCBインサイツによると、昨秋で米国のユニコーン企業は400社以上となっており、、世界のユニコーンの約半分を占めている。  さらに米国ではそのユニコーンの幾つかはSPAC(Special Purpose Acquisition Company)を活用して従来型の上場に比べて比較的簡単に上場している。

 SPACは米国では1980年代からある制度なのだが、その後制度改正が行われ、2010年以降かなり活用されるようになっている。SPACはその名の通り、買収目的に作られ、上場する特殊な企業で、上場後2年間の間に買収企業を探し出して買収しなければならない。買収した場合は、その後買収した会社と合併することで買収した会社が上場会社になるという仕組みになっている。2015年以降米国ではこのSPACを利用した新規上場が増加しており、2020年で見ると300社弱と米国全体の新規上場の過半を占めている。

 未上場のスタートアップが上場すると、未上場段階でその会社に投資を行った投資家は市場で資金回収が可能になる。SPAC上場したユニコーンも同様で、ユニコーンに未上場段階で大型の投資を行った投資家は、SPAC上場で比較的容易かつ早期にキャピタルゲインを得ると同時に資金回収ができる。資金回収出来た投資家は、その資金で次のユニコーンないしは候補会社に投資する。米国ではこうした形でスタートアップないしはユニコーンを数多く生み出す循環構造が出来上がっているとみることが出来る。

 中国からシリコンバレーには数多くの起業家がやって来ている。彼らの何人かは中国に戻って上記の米国の循環構造を伝えて同様の動きを行っている。ユニコーンの輩出は現在世界第2位であり、SPACの制度も導入している。さらに、これまで余りスタートアップ創出に熱心でなかった欧州、特にフランスやドイツも同様の動きを見せている。

 現状コロナ禍の長期化、インフレ拡大懸念、そしてロシアのウクライナ侵攻と世界は大きく揺れており、短期的には経済的な変調が起こる公算が懸念される。とはいえ、スタ―トアップ経済確立競争は今後も続いていくと思われる。残念ながらユニコーンも少なく、SPACも導入されておらず、競争に出遅れの感がある日本はどうすべきなのか、官民挙げてきちんとした議論をすべき時期にあるように思う。

※「THE INDEPENDENTS」2022年4月号 掲載
※冊子掲載時点での情報です