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「「浜松スタートアップ ~知財ケーススタディ~」」

公開

<話し手>
長野 修一 氏 
生年月日:N.A
出身高校:N.A
弁護士法人長野法律事務所
大学卒業後、クックパッド(株) 法務部を経て、弁護士法人長野法律事務所に入職。(株)オウチーノ 法務部長(兼任)、(株)カラダノート 社外取締役 監査等委員(現任)

【弁護士法人長野法律事務】
https://naganolaw.com/

<聞き手>
弁護士法人内田・鮫島法律事務所
弁護士 鮫島 正洋氏(右)
1963年1月8日生。神奈川県立横浜翠嵐高校卒業。
1985年3月東京工業大学金属工学科卒業。
1985年4月藤倉電線(株)(現・フジクラ)入社〜電線材料の開発等に従事。
1991年11月弁理士試験合格。1992年3月日本アイ・ビー・エム(株)〜知的財産マネジメントに従事。
1996年11月司法試験合格。1999年4月弁護士登録(51期)。
2004年7月内田・鮫島法律事務所開設〜現在に至る。

鮫島正洋の知財インタビュー

「浜松スタートアップ~知財ケーススタディ~」


今回の「鮫島正洋の知財インタビュー」は、2021年11月5日に行われた浜松インデペンデンツクラブで長野秀一弁護士との特別対談の内容をお届けします。

鮫島:私は現在浜松市のベンチャー支援アドバイザーを務めさせていただいています。浜松市には製造業の中小企業が多く、様々な相談が法律事務所や行政機関の窓口に多数寄せられています。


長野:まず、特許、意匠、商標として出願すべきものがあるかどうかもわからないという経営者の方むけに、公益財団法人浜松地域イノベーション推進機構というものがあります。私は、企業の法務部の立場や、自分の法律事務所で新規ビジネスモデルの相談を多く受けてきました。相談者の中には大手企業と仕事をする場合、自社の技術を相手に持って行かれるのではないかという不安を感じておられる方も比較的多くいらっしゃいます。情報流出や情報の扱いについて、鮫島先生が、ポイントとして抑えられている点はどのようなことでしょうか。

鮫島:情報の取り扱いでよく問題になるのは、両者でNDAを締結しているものの、書類にコンフィデンシャルと明示していないなど、NDAで規定されている開示方式を採らなかったために、「これはNDAの対象じゃない」と、相手方に言われてしまうケースです。


長野:元従業員による情報漏洩、技術情報を持ったまま別の会社に転職する場合、揉めるケースもあります。

鮫島:所定期間、競合に転職先しないという念書を従業員に書いてもらうことはよく行われていますが、制限をかける期間が2年以上だと憲法違反と判断される場合もあります。そもそも、退職する従業員には、念書にサインをする義務はない点にも注意が必要です。


長野:技術特許以外に、ビジネスモデル特許申請が増えてきました。飲食業界では、「いきなりステーキ(ペッパーフードサービス(株))」や、ラーメンの「一蘭」の「味集中カウンター」などのビジネスモデル特許がよく知られています。

鮫島:ここ5年くらいで急速に増えた気がします。AIなどの新しい革新的な技術を利用したビジネスモデルは先行技術がなく、すんなりと特許が取れる場合があります。なお、ビジネスモデル特許は特定のハードウェアに限定されないため、物の特許よりも強い場合も多いのです。


長野:技術系スタートアップが、VCから資金調達をする際、特許を持っていないと見向きもしてもらえないと聞くことがあります。VCに特許どうなっていると言われて、慌てて、弁理士に相談するということもあるようです。

鮫島:テクノロジーベンチャーにとっVCによる投資が研究開発に使われているものの、特許が出願されていない場合、研究成果が従業員の頭の中にしかないということを意味します。人材の流動化を考えると、これはVCにとって大きなリスクです。つまり、研究成果が知財化され、会社に帰属することをもって、投資効果が見込めたと判断するわけです。


長野:IT企業では、知財に関してオープン戦略をとることが多いですが、オープンやクローズ、一般論としてどのように考えていけばよいでしょうか。

鮫島:業種ごとに違いますし、市場規模、競合の存在、特許の強弱など色々な判断指標が入ってきます。一般論を言うと、売上が数十億円くらいまでは知財権の独占排他性を利用して、クローズドなニッチトップ戦略を描くのが定石です。数百億円規模の売上を目指そうとすると、設備投資をして量産能力を上げつつ、市場を他のプレイヤにもオープンにして、自社のシェアをなるべく低下させないというオープン&クローズド戦略へと移っていきます。


長野:ライセンス料の決め方はどうされていますか。参考になるようなものはありますか。

鮫島:収益の考え方は難しい問題です。スタートアップからすると、特許のライセンス料(実施料)はなるべく前倒しで支払ってもらい、手元資金を確保しておきたいところです。そのためには、独占ライセンスによって商圏を与える代償としてイニシャル(一時金)を払ってもらうことが一般的です。ライセンス料率は製品の利益率以上に設定することはないため、どの業界のどんなサービスや製品かによって料率は当然変わります。例えば 「医療」「製薬」では比較的高いものの、「自動車」などは低くなります。「ロイヤルティ料率データハンドブック」(2010 年経済産業省)が参考になります。


長野:ライセンス料率の考え方としてはどのようなものがあるのでしょうか。

鮫島:今までは100個売れても、10万個売れても料率は一律という場合が多かったのですが、その合理性には疑問があります。少量生産では利益率が高くても、量産になって、競合も出てくると利益率が下がる場合があるからです。そのようなことに鑑みると、数量が増えれば増えるほどライセンス料率を小さくしていく、いわゆる「右肩下がり料率」という方法論もありうるかと思っています。


長野:最後に特許侵害をされた時、こちらがした特許侵害をしてしまった場合についてはいかがでしょうか。

鮫島:私は、スタートアップは基本的に特許係争はやらない方が良いと考えます。あくまで個人的な意見ですが、相手方が大企業の場合は、特に体力勝負を仕掛けられ、多くの場合は利益を生み出す話になりません。例えば、特許を無効にする手続(特許無効審判)を特許庁に請求されると、特許庁だけでは終わらず、知財高裁への上訴、最高裁への上告と続く可能性がありますが、その場合の費用は優に1000万円を超えることでしょう。こんなことを1件のみならず、数件繰り返されるとスタートアップにとっては致命傷になりかねません。


長野:誰かが自社の侵害している可能性を見つけた時は、まずどうすべきでしょうか。

鮫島:侵害を発見した場合は、まず落ち着くこと。同業者の侵害を客先に告知したりすると、営業妨害とされるリスクもあります。弁護士に侵害の有無を専門的な見地から確認していただき、警告書を出せば、ボディーブローのように相手に効いていくケースもあります。


長野:こちらが特許侵害してしまった場合はどうすればよいでしょうか。

鮫島:多くのスタートアップで、特許調査を念入りにされているケースはまれです。自分達が特許侵害してしまったことに気付いた場合、設計変更ができるかを検討する。次にライセンスがもらえるかの検討。どれも無理な場合、ピボット、つまり事業化をあきらめることです。特許侵害をした状態で資金調達を受けると、VCとの表明保証条項に反しますし、相手方に訴状を出されると、それ以降、資金調達がしにくくなります。一刻も早く専門家に相談ください。


長野:侵害したことが明確な場合、誠実に相手に向き合うかが重要です。
以上

対談後のコメント:

鮫島:ものづくりの町浜松の特徴は、地元の大企業からスピンアウトしたハードウエア系/技術系のベンチャー企業が多いということ。大企業からのスピンアウトなので、特許に対する意識も高く、長野先生による的確なモデレーションも手伝って、当日のセミナーもそれに応じた充実した内容となった。


長野:鮫島先生のスタートアップに対する愛情を感じることができました。そのスタートアップが成長するために、知的財産権がいかに大切か、大変わかりやすく、解説していただきました。また、弁護士は、ともすれば特許侵害があれば紛争ごとにしてしまいがちですが、それが必ずしもスタートアップにとって泥沼にはまるなど、費用対効果を考えることの大切さも教えて頂きました。


(文責 大東理香)
―「THE INDEPENDENTS」2021年12月号 P16-17より

※冊子掲載時点での情報です