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「「ベンチャー」と「スタートアップ」、そして「中堅企業」」

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インデペンデンツクラブ代表理事
秦 信行 氏

早稲田大学政経学部卒業。同大学院修士課程修了(経済学修士)。野村総合研究所にて17年間証券アナリスト、インベストメントバンキング業務等に従事。1991年JAFCO に出向、審査部長、海外審査部長を歴任。1994年國學院大学に移り、現在同大学名誉教授。1999年から約2年間スタンフォード大学客員研究員。日本ベンチャー学会理事であり、日本ベンチャーキャピタル協会設立にも中心的に尽力。2019年7月よりインデペンデンツクラブ代表理事に就任。



 先日筆者はある人から、最近日本で「ベンチャー」に代わって「スタートアップ」いう言葉が用いられるようになっているように思うが、「ベンチャー」と何が違うのか、と質問された。確かに、2010年代の半ば頃から新聞や雑誌で「ベンチャー」に代わって「スタートアップ」という言葉が使われることが多くなっているようだ。

 質問に対して筆者は、「英語に強くはないので正確なところは分からないが、ほぼ同じ意味だと思っている。特に「スタートアップ」は英語圏では「startups」と複数にして表記され、字義通りに訳すと新規開業企業ということになるが、ただの新規開業企業ではなく、日本で使われている「ベンチャー」、ないしは「ベンチャー企業」に近い含意を持った言葉、つまり革新的な事業を展開し急成長する特別な中小企業を表わす言葉だといっていいのではないか」と答えさせて頂いた。

 「ベンチャー」ないしは「ベンチャー・ビジネス」という言葉が日本で定着したことについては、清成忠男、中村秀一郎、平尾光司3氏の共著『ベンチャー・ビジネス 頭脳を売る小さな大企業』の出版もかなり影響しているように思う。とはいえ「ベンチャー」という単語は確かに米国で使われてはいるが余りポピュラーではないようだし、まして「ベンチャー・ビジネス」いう言葉は和製英語であって米国では使われていない。

 長らく日本で使われてきた「ベンチャー」という言葉が近年「スタートアップ」という言葉に置き換わってきているのは何故なのだろうか。それは、「スタートアップ」という言葉の方が、日本で今まで使われてきた「ベンチャー」より国際的に通用する言葉だと言うことからなのだろうか。確かに、日本での「ベンチャー」という用語は当初からかなり拡散して使われていて概念が必ずしも明確でなかったように思う。かといって「スタートアップ」にも同様の傾向はないのだろうか。

 学術的な領域で「ベンチャー」に代わって使われる用語の1つが「NTBFs(New-Technology-based Firms)」であろう。ただ、この言葉は概念的にはかなり明確なのだが、技術系ベンチャーあるいは大学発ベンチャーを対象に使われる用語であり範囲が限られる。

 言葉、用語の使い方は難しい。「ベンチャー」に代わる用語として日本で「スタートアップ」が今後も使われて行くとしても、それが生業家業的な創業(それはそれで重要なのだが)まで含んだ創業を意味するのではなく、今まで世の中にない革新的な事業を展開する企業の創業を表わす言葉であることを理解した上で使われることを望みたい。

 用語の使い方という点で筆者が昔から気になっている言葉に「中堅企業」がある。一般的には単に規模的に中小企業と大企業の中間的な企業と理解されているが、実は「中堅企業」という用語は、『ベンチャー・ビジネス』の共著者のお一人である故中村秀一郎氏が、二重構造論によって中小企業は永遠に成長できないという考え方が主流だった時代に、実証研究によって中小企業の枠を超えて成長する企業群を見つけ出し概念構成された歴史的な用語であることも覚えておいて頂きたい(中村秀一郎『中堅企業論』参照)。

※「THE INDEPENDENTS」2021年4月号 掲載
※冊子掲載時点での情報です