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「学生アントレプレナーの動向」

公開

<レポート>

2020年12月17日 広島県チャレンジ企業セミナー


~九州大学起業部の挑戦と地方国公立大学の取り組みから見えること~


熊野 正樹 氏(神戸大学 産官学連携本部 教授)

牧野 恵美 氏(広島大学 産官学連携推進部 アントレプレナー教育部門長・准教授)

玉井 由樹 氏(福山市立大学 教授)

<モデレーター>國本行彦 (株式会社Kips 代表取締役)


國本:学生アントレプレナーについて各所で取り上げられています。今後の展望を探っていきたいと思います。九州大学や各大学の様子をお聞かせください。


熊野:2017年の6月に「九州大学起業部」を設立しました。サッカー部がサッカーをやる、野球部が野球をやるがごとく、起業部は学生が起業する課外活動で、大学から公認もされています。学生時代に起業する意思のある人にのみ入部を認めています。3年半たちましたが部員は18社起業しています。起業部発の第1号スタートアップであるメドメイン株式会社は、経産省のJ-STARTUPにも選出されました。また、2019年度NEDO-TCPでは、全国26件採択された内の5件は九州大学起業部学生のプランでした。

牧野:熊野先生とは九州大学で同僚でしたが、学生が自主的に起業する仕組みを創り上げその成果を世に示した功績は大きいと思います。現在所属する広島大学では学生の起業活動を支援する取組みはこれからですが、早く追い付きたいですね。

玉井:福山市立大学は新設大学で、公務員志向や企業志向の学生が多く、在学中に起業する学生は多くありません。学生がビジネスプランコンテストで勝つレベルまで行き、出資を受ける話が来たとしても、就職活動の時期となり、起業する学生はなかなか出てきません。在学中に起業したいと希望する学生がいるのならば、そこから先の1歩をどう学生に踏み出させるのか課題です。

國本:起業する学生の支援に関して、重要なポイントとはどういう点でしょうか。


熊野:どの大学にも起業したい学生は一定数います。私の感覚では5%くらい。前々職の崇城大学という地方の私立理工系の大学の例でいうと1年生向けのベンチャー起業論に自由選択科目にもかかわらず、1学年800人の内400人から受講がありました。
 よくマインドセット教育をしてからというアプローチを提言する方もおられますが、私はそもそも起業したい学生を対象に実践的な教育をする必要があると考えます。起業する気がない学生にいくら起業を教えても起業しません。
 起業する時期も大事です。現実として部員全員が起業する訳ではないため、なるべく早く起業し、大学生にとってはセーフティネットともいえる就活に入る前までに形にできるかどうか。例えばVCから資金調達ができてイグジットを目指せる目処が立ったなら、卒業後もそのままスタートアップで頑張る。もし起業が難しいなら就職する。起業部の学生は企業からもひっぱりだこです。

國本:100人起業部に入るとすると、1年後にはどれくらいの学生が辞めていきますか。


熊野:1年目は100人入って80人辞めますが、それでよいと思っています。2回無断欠席したら強制退部です。そうやって1年目に厳しく鍛えた学生が翌年以降に起業し、億をこえる額を調達しました。身近な先輩が目に見える成果や実績を挙げ、後輩を指導する好循環が生まれます。こういった文化をつくっていくと学生は簡単には辞めません。

國本:学生の起業を支援する中で気付いた点はどのようなことがありますか。


牧野:唐突ですが「害ある起業教育の存在」を感じたことがあります。アプリ開発の会社を起業し、まわりの大人に促されてしまったのか、気が付けば学生が月60万円のオフィスを借りていた事例です。大学として学生起業を支援する一環として、学生を守ることが求められることもあります。

熊野:資金調達の場面では私も同席し学生を守ることもやっています。悪気なく知識不足が原因で学生を結果的に騙してしまっている大人もいます。九州大学起業部には上場企業創業者やキャピタリストなど多くのメンター陣にサポートいただいていますが、信頼できる大人しかいません。

國本:学生にエクイティという概念やカルチャーをどのように教えていますか。


牧野:もしあなたがGoogleの株を持っていたら、という事例を用い、知識の少ない学生に説明しています。利回りを計算させ、融資と出資の違いを教えています。

熊野:学生の中には借金して夜逃げするのが恐ろしいといった誤った見解を持っている者もいます。そもそも学生の信用では借金できません。そうなると学生の資金調達は、エクイティ・ファイナンスが中心になりますので、事業計画の作り方も投資をうけることを意識したプランニングの指導を行っています。

國本:学生にとってビジネスプランコンテストとのかかわり方についてコツを教えていただけますか。


熊野:ビジネスプランコンテストを通じて審査員から良いアドバイスがもらえます。これを繰り返していくと内容がブラッシュアップされ、やがて投資を検討しようかと考えてもらえるレベルに達するチームも出てきます。そのため審査員も重要で、投資家の方が入っているコンテストを中心に応募しています。

玉井:学生ならではの身近な課題から事業プランを考え、コンテストで受賞する者もいます。ですが、私が見てきた中では本当に起業する学生はコンテストに出る前に小さく自分で事業を始めています。そういう学生と資金面について話をすると、(小さい事業なので)仮に損をしたとしても「先生、将来の車1台分損する程度ですよね。」という感覚を持っていて、親御さんも応援している印象があります。

國本:収益は重要な柱です。そこに対する学生の意識や、収益化までのサポートはどうでしょうか。


熊野:スタートアップのほとんどは創業期は赤字になります。まず、そこをわかってやっているかどうか。資金調達を重ねながら、どこかで必ずスケールできるビジネスプランをつくり、スピーディーに実行していくことが重要です。VCから投資を受けられれば、ハンズオンで事業支援してくれるケースもあります。

國本:先立つ費用も必要ですが、学生はどのようにシードマネーを獲得しているのでしょうか。


熊野:プレシード段階であれば、一般社団法人QU Venturesが企業から寄付を募り、それを原資に試作品の費用を学生に渡します。エンジェル投資を受けた学生もいますね。また、QREC(九州大学ローバート・ファン/アントレプレナーシップ・センター)も学生に対する助成を行っています。

牧野:前任校での話ですが、クラウドファンディングを活用した事例があります。大学総長や卒業生を巻き込んで目標を大きく超える100万円をあっという間に集めました。また、企業のCSR部門 に提案し、資金を獲得できた事例もあります。学生を応援したい大人は多いです。待っているだけでは駄目で、自分達が実現したい事とフィットする企業や共感してくれる社会人に如何にアプローチするかが重要です。

國本:最後に、今後の学生アントレプレナー支援について、各立場からコメントをいただけますか?


玉井:学生起業は胡散臭いものだと言われがちですが、そういった事例ばかりではないこと伝え、起業したいと思う学生がいるならば大学だけではなく、地域でそれを応援できる仕組みを作っていきたいと思います。

牧野:都会に出た若者が、10年後に起業したいと言って広島に戻って来てもらえる雰囲気を地域全体で一緒につくっていきたい。メンターを含め協力者が必要です。

熊野:大学の使命は技術や人材を輩出することです。九州大学には今後も関わっていきますし、神戸大学でも起業部や研究者の大学発ベンチャー創業支援にも取組みます。神戸大学では50億規模のVCも設立準備中です。
 また、地方はどこも人材流出課題を抱える一方で地元愛が強い学生も少なくありません。働きたい会社がないなら自分で創るんだという学生がいてもいい。そういった人生の選択肢があるということを、学生起業の支援を通して伝えていけたらと思っています。

國本:皆さんからの学生や地域に対する愛を感じます。学生が起業できる環境を我々が力を合わせて作っていけたらと思います。本日はありがとうございました。


※「THE INDEPENDENTS」2021年2月号 - P14-15より
※冊子掲載時点での情報です