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「膜分離プロセスによる産業変革とオールジャパン型知財戦略」

公開

<話し手>
イーセップ株式会社
代表取締役 澤村 健一 氏
生年月日:1979年11月7日 出身高校:福岡県立小倉高校
2003年早稲田大学卒業。2008年早稲田大学大学院博士後期過程修了(博士(工学))。早稲田大学先進理工学部助手、日立造船(株)を経て2013年当社設立、代表取締役就任。

【イーセップ株式会社】
設 立 :2013年10月1日
所在地 :京都府相楽郡精華町精華台7-5-1 けいはんなオープンイノベーションセンター(106〜109号室・別棟)
資本金 :70,500千円
事業内容:膜分離システムの設計・開発・販売など
URL :https://esep.kyoto/

<聞き手>
弁護士法人内田・鮫島法律事務所
弁護士 鮫島 正洋氏(左)
1963年1月8日生。神奈川県立横浜翠嵐高校卒業。
1985年3月東京工業大学金属工学科卒業。
1985年4月藤倉電線(株)(現・フジクラ)入社〜電線材料の開発等に従事。
1991年11月弁理士試験合格。1992年3月日本アイ・ビー・エム(株)〜知的財産マネジメントに従事。
1996年11月司法試験合格。1999年4月弁護士登録(51期)。
2004年7月内田・鮫島法律事務所開設〜現在に至る。

鮫島正洋の知財インタビュー

膜分離プロセスによる産業変革とオールジャパン型知財戦略


鮫島:先進的な研究開発施設であるけいはんなオープンイノベーションセンター(KICK)に拠点を構えていますが、まずは事業内容をご説明いただけますか。


澤村:従来の分離膜にはない分子レベルの分離が可能な、高精密に細孔径を制御されたセラミック分離膜を製造しています。化学産業用途に利用可能な高い耐久性も併せ持ち、幅広い分離対象物質への対応と高い透過性(処理速度)を実現している点も特徴です。これら分離膜の量産化技術も確立しており、これからの社会実装に向けて製造ラインも順次稼働していく計画です。

鮫島:膜分離プロセスの分野は約50年もの歳月をかけて研究されてきていますが、蒸留や吸着のプロセスと比較しても勝るとも劣らないポテンシャルを持っています。特定のプレイヤーが基本特許を押さえて市場を独占するリスクがなく、いわば良い塩梅で枯れた技術領域ですね。


澤村:多くの大学が膜分離に関する研究を進めてきましたが、優れた技術が一つあるからと言って成り立つ分野ではありません。個別の特許は乱立していますが、全体としては遅々として社会実装が進みませんでした。化学産業自体が実績重視の保守的な業界であること、および膜分離プロセスのボトルネックとなるセラミック分離膜の製造技術が十分に成熟していなかったことも起因しています。ただ既往の化学プロセスも老朽化が進み、大幅な省エネ化・CO2排出量の削減が期待できる膜分離プロセスへの期待が近年一段と高まってきました。セラミック分離膜の製造技術についても必要な要素技術を我々で集約・発展させることで、事業化レベルにまで到達しました。最近では「社会実装はイーセップに任せよう」と各大学の最先端の研究成果が我々に集まってきています。これらをインテグレートしていくのが当社の役割です。

鮫島:特定の大学発ベンチャーとしてではなく、各大学と共同開発する仕組みを構築できているのも非常にユニークですね。独自の複合シリカ膜製造ノウハウを呼び水に、競争原理を働かせながら優れた知財の発掘と活用に成功しています。


澤村:分離膜における中間層と支持体は高い透過性を実現する当社独自のものを用い、機能膜のレイヤーでは例えば広島大学や大阪大学の知財を活用しています。大学側には5%と高い成功対価を還元することで、他の大学からも技術提案が集まっています。自社技術で完結せず、もちろん貢献に対して対価も約束しながら、オールジャパン型で産学連携を進めるのが当社の知財戦略です。

鮫島:量産体制も整備されつつある中、まさに社会実装を如何に進めていくかがポイントになります。極めて保守的な化学業界をどう攻めるか、具体的なアイデアはありますか。


澤村:現行の蒸留プロセスを膜分離に置き換えることで大幅な省エネが実現できるという合理性は説明できますが、まずは意思決定早く導入してくれる企業を見つけることだと考えています。そういう点では日本よりアジアの方にチャンスがあるかもしれません。環境負荷が少ないというSDGs的文脈もあるので、海外展開は前向きに検討したいと思っています。

鮫島:貴社サイトを拝見し、会議室くらいしかない設備サイズに驚きました。これは単なる要素的な技術革新に留まらず、化学産業のインダストリースタイルを抜本的に変革するビジネスとして捉えた方が正しいように思います。


澤村:「大規模集約から小型分散へ」が我々の事業テーマです。大型の蒸留設備がある工場でも高効率化のベネフィットを提供できますが、狙うは小規模の工場です。分離設備を入れられないために廃棄していた溶剤を回収できる(廃液コストがなくなる)、その交換のためのプラント停止も不要になるなど、導入効果は大きなものがあります。また、今後活用が期待される再生可能エネルギーも精製プロセスが必要になりますが、地域の分散した環境で大型施設は無理があります。当社の小型な膜分離プロセスならそれが可能になるのです。これら次世代型省エネプロセスの開発を通じて高循環型社会を実現し、分離膜事業において世界シェアNo.1を目指していきます。

鮫島:非常に難易度の高い事業ではありますが、それだけに成功の果実は大きいし、何より国内研究者の悲願でもあります。産業プロセスが大きく変革する中で新たな知財の可能性も出てくるでしょう。険しい道程になりますが、私どもも大企業との契約交渉や知財戦略の面で強力にサポートさせていただきます。本日はありがとうございました。


*対談後のコメント

澤村:環境・エネルギーに関わる日本の優れた技術も、社会実装できなければ人々の役に立てません。我々は当該分野で先駆的に取組んできた先生方の技術・想いを継承しています。今回の対談で、改めてその責任の重さを感じました。新規膜分離プロセスの社会実装に向けより一層の努力をして参りますので、引続きご支援のほど、宜しくお願い申し上げます。

鮫島:化学プロセスを根本的に変革する可能性がある。物質の分離工程について、大幅な小型化・低価格化が可能となるため、中小企業やスタートアップでも導入できる可能性があり、そこから多岐に亘る新たな産業が興っていくポテンシャルを持っている。技術的にはほぼ完成されており、どのようにしてユースケースを増やしていくかが経営課題となる。保守的な化学業界において、それは容易ではないのだが、オープンイノベーションの気風が定着し始めた昨今、化学業界を変革するような流れが起きても不思議ではない。その意味でもタイムリーである。


―「THE INDEPENDENTS」2020年10月号 P14-15より
※冊子掲載時点での情報です