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「職務発明規程における手続の重要性」

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弁護士法人 内田・鮫島法律事務所
弁護士/弁理士 高橋 正憲 氏

2004年北海道大学大学院工学研究科量子物理工学専攻修了後、(株)日立製作所入社、知的財産権本部配属。2007年弁理士試験合格。2012年北海道大学法科大学院修了。2013年司法試験合格。2015年1月より現職。

【弁護士法人 内田・鮫島法律事務所】
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知財高裁平成27年7月30日判決(平成26年(ネ)第10126号[野村証券職務発明事件])



 今回は、職務発明の対価請求について判断した事例を紹介します。

1.事案

 本件は、被控訴人の従業者であった控訴人が、被控訴人に対し、職務発明である証券取引所コンピュータに対する電子注文の際の伝送レイテンシ(遅延時間)を縮小する方法等に関する発明(本件発明)について特許を受ける権利を被控訴人に承継させたことにつき、現行特許法35条3項(5項適用)に基づき、相当対価286億9190万5621円の内、金2億円及び遅延損害金の支払を求めた事案です。
 

2.知財高裁の判断

 本判決は、被控訴人が控訴人に対し、被控訴人発明規程に基づいて本件発明に対して相当対価を支払わないとした不合理性について、特許法35条4項に定める協議、開示、意見の聴取等の手続面を検討して、「…被控訴人発明規程は、控訴人を含む被控訴人の従業者らの意見が反映されて策定された形跡はなく、対価の額等について具体的な定めがある被控訴人発明規程2に至っては、控訴人を含む従業者らは事前にこれを知らず、相当対価の算定に当たって、控訴人の意見を斟酌する機会もなかったといえる。そうであれば、被控訴人発明規程に従って本件発明の承継の対価を算定することは、何ら自らの実質的関与のないままに相当対価の算定がされることに帰するのであるから、特許法35条4項の趣旨を大きく逸脱するものである。そうすると、算定の結果の当否を問うまでもなく、被控訴人発明規程に基づいて本件発明に対して相当対価を支払わないとしたことは、不合理であると認められる。」と判示しました。
 その上で、本判決は、相当の対価(*1)の算定において、「本件発明に基づく独占的利益は生じておらず、かつ、将来的にも生ずる見込みはないというほかない。」と判示しました。

3.本裁判例から学ぶこと

 特許法35条4項は、職務発明について従業者等は使用者等に「相当の利益」を請求する権利を定めています。  当該「相当の利益」は、「契約、勤務規則その他の定めにおいて相当の利益について定める場合には、相当の利益の内容を決定するための基準の策定に際して使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況、策定された当該基準の開示の状況、相当の利益の内容の決定について行われる従業者等からの意見の聴取の状況等を考慮して、その定めたところにより相当の利益を与えることが不合理であると認められるものであってはならない。」(特許法35条5項)とされています。
 このように「相当の利益」の不合理性の判断に、協議、開示、意見の聴取という手続面が重視される点は、平成16年特許法改正により導入されたものですが、本判決ではこれら改正により導入された手続面を考慮した上で、本件発明に対して相当対価を支払わないとしたことは不合理であると判断されました。
 本判決で示されたように、職務発明の対価が不合理か否かの判断には、職務発明規程導入・変更時の協議、開示、意見の聴取といった手続面が考慮されますので、職務発明規程の導入や変更に際しては、手続面については慎重に整備することが重要といえるでしょう。
 また、平成27年法改正において、「相当の利益」として、金銭以外の経済上の利益を支給することも可能であるようになりました。具体例としては、「使用者等負担による留学の機会の付与」や「ストックオプションの付与」、「金銭的処遇の向上を伴う昇進又は昇格」、「法令及び就業規則所定の日数・期間を超える有給休暇の付与」等が挙げられています。使用者等は、こうした例を採用する場合、協議、開示、意見の聴取といった手続を行うに当たって、金銭以外の相当の利益として与えられるものを従業者等に理解される程度に具体的に示した上で、当該手続を行う必要があることにも留意が必要です。

*1 平成27年法改正において、「相当の対価」の文言は、「相当の金銭その他の経済上の利益」(「相当の利益」)に改められました。

※「THE INDEPENDENTS」2019年8月号 - p30より
※8月号掲載時点での情報です