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「シリコンバレー・エコシステムの本質」

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國學院大学
教授 秦 信行 氏

野村総合研究所にて17年間証券アナリスト、インベストメントバンキング業務等に従事。
1991年JAFCO に出向、審査部長、海外審査部長を歴任。
1994年國學院大学に移り、現在同大学教授。1999年から約2年間スタンフォード大学客員研究員。
日本ベンチャー学会理事であり、日本ベンチャーキャピタル協会設立にも中心的に尽力。
早稲田大学政経学部卒業。同大学院修士課程修了(経済学修士)



 シリコンバレーについては、過去から様々な書籍やジャーナルに取り上げられ、そのハイテクベンチャー集積のエコシステムについて語られてきた。筆者もこのコラムで複数回シリコンバレーについては書かせてもらっている。筆者がこのコラムで書かせていただいたことも含めて、過去言われてきたシリコンバレーのエコシステムの特徴については、それぞれに間違っている内容は余りないように思うが、ただ、その中で何がシリコンバレーのエコシステムの本質なのか、何がシリコンバレーで次から次へと新しい革新的企業を誕生させその中からスケールする企業を生み出しているのか、その根本的な要因については依然良く分からない。それは筆者もこれまで色々と考えて来たことなのだが・・・。

 そうした問いに答える上でヒントになるのではないかと思った考え方が示されていた記事があったのでここで紹介してみたい。それは去る3月11日(月)の日経新聞朝刊の「経済教室」に書かれていた東大の柳川範之さんの考え方なのだ。  柳川さんはその「経済教室」で、最近のデジタル化を中心とした技術革新がもたらした企業組織の大きな変容について書かれている。彼はそこで、企業組織の大きな変容の中身について次の3つの点を指摘されている。

 その1つは3Dプリンターなどの登場で個人のアイデアの具現化が簡単にコスト安くできる時代になったことで、いままでように大きな投資が必要なく低コストで事業が立ち上がる時代になる、その結果従来の大規模化・分業化に代わって変化に対して柔軟に対応可能な統合化された組織が優位な時代になるというのだ。

 2点目は、速い変化のスピードへの柔軟な対応が求められる中で、組織はより迅速で多様な組み替えを必要とするようになる。加えて、その組み換えは今までのように企業内ではなく、企業の枠を超える形で、それも組織体組織ではなく、個人対個人、アイデア対アイデアの繋がりで行われるようになる結果、組織の境界は曖昧になるというのだ。

 3つ目は、技術革新によって複数の場所での仕事が可能になり、かつ帰属する組織が複数になることも容易に出来ることになる結果、組織の境界は益々曖昧になり、個と個、グループとグループの新しい結びつきや提携が生まれていくことになるというのだ。

 但し、柳川さんがより強調するのは、以上のような企業組織の変容を促す上で信頼関係のある緩い人的ネットワークないしはコミュニティの存在が必要だというのだ。それがあって初めて個と個の、ないしはグループ同士の柔軟な結びつきが可能になるという。

 最後に柳川さんが強調されている緩い人的ネットワークないしはコミュニティの存在が正にシリコンバレーにはあるように思う。それが介在することによってはじめてシリコンバレーでは新しい個と個ないしはグループ同士の結びつきが生まれイノベーションが生まれているのではなかろうか。そのあたりがシリコンバレー・エコシステムの本質ではないかと筆者は考えている。




※「THE INDEPENDENTS」2019年4月号 掲載
※掲載時点での情報です