「ユニコーン再考」
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國學院大学
教授 秦 信行 氏
野村総合研究所にて17年間証券アナリスト、インベストメントバンキング業務等に従事。
1991年JAFCO に出向、審査部長、海外審査部長を歴任。
1994年國學院大学に移り、現在同大学教授。1999年から約2年間スタンフォード大学客員研究員。
日本ベンチャー学会理事であり、日本ベンチャーキャピタル協会設立にも中心的に尽力。
早稲田大学政経学部卒業。同大学院修士課程修了(経済学修士)
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ユニコーンと称せられるベンチャーについては、このコラムの第83回で「ユニコーンとIPO」と題して取り上げさせていただいた。ご存知のように、ユニコーンとは未上場段階で時価総額10億ドル(1ドル=120円で換算すると1200億円)以上の評価を受けている企業を指す。未上場なので流通市場で株価がついているわけではないが、未上場段階でのVCなどからの資金調達状況が分かれば時価総額は計算できる。
第83回で取り上げさせていただいた2015年10月頃の時点ではユニコーンは世界で100社を少し上回る程度であったが、現状では170社以上とさらに増えておりその存在感は増している。これまでは日本のスタートアップでユニコーンになったベンチャーはなかったのだが、ようやくメルカリが仲間入りを果たしたようだ(日本では日経新聞が時価総額10億ドルではなく1億ドル超えの企業を日本版ユニコーンとして連続して紹介しているが)。
ユニコーンの登場は何を意味しているのであろうか。前回も簡単に触れたが、改めてよく考えてみるとかなり重大な意味を持っているように思う。
前回も書いたように、一つの見方はユニコーンは所詮バブルの所産でありVCあるいはPEに資金が集まりすぎていることの反映だとする見方である。確かに、そうした側面がなくはないように思うが、しかし、今までと違って未上場段階で数十億円、場合によっては数百億円の資金を提供するVCないしはPEファンドがあることは驚きではある。本来そうした金額の資金は、IPO後の株式市場で多くの投資家が提供してきたのではなかったのか。
このことは現状上場会社に対する規制が強化されている中、起業家がIPOを回避していることを意味しているのかも知れない。米国のIPO件数の縮小はそれを裏付けている。日本でも上場すると四半期決算が求められ、最近はその他にも様々な要求がなされる。
またそれは、VCやPEファンドといった民間ファンドが大きな資金を集められる環境にあり、起業家はその資金を未上場段階でより自由に利用できると考えていることを意味しているともいえよう。では何故株式市場ではなく民間ファンドに資金が集まるのか。
ユニコーンの代表格はライドシェア(相乗り)サービスを世界展開するウーバーであり、民泊のエアビーアンドビーであろう。先週の日経新聞コラム「私見卓見」に、この2社にも見られるように、ユニコーンの登場は、現在所有からシェアへといった社会的価値観の大きな変化があり、それを見据えた新事業が生まれ、かつその事業の実現をAIなどの新技術が担保しているのではないか、加えて今後も指数関数的に成長する新事業領域が数多く生まれる余地があることを意味しているのではないか、といった意見が述べられていた。
このように、ユニコーンの登場はベンチャーコミュニティに新たな時代の到来を示唆しているようにも思うがどうであろうか。日本のユニコーンの状況を見ると、前述したようにようやくメルカリ1社がそうした評価を得ているだけで残念ながら他にはまだない。そのことが何を意味しているのか、皆さんで考えて欲しい。
※「THE INDEPENDENTS」2017年1月号 - p25より