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「ユニコーンとIPO」

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國學院大学
教授 秦 信行 氏

野村総合研究所にて17年間証券アナリスト、インベストメントバンキング業務等に従事。
1991年JAFCO に出向、審査部長、海外審査部長を歴任。
1994年國學院大学に移り、現在同大学教授。1999年から約2年間スタンフォード大学客員研究員。
日本ベンチャー学会理事であり、日本ベンチャーキャピタル協会設立にも中心的に尽力。
早稲田大学政経学部卒業。同大学院修士課程修了(経済学修士)

ベンチャーコミュニティを巡って


「ユニコーン」とは、皆さんもご存知の伝説の一角獣のことだが、最近のベンチャーの世界では時価総額が10億ドル(1ドル120円換算で1,200億円)以上の未上場のスタートアップの事を指す。この「ユニコーン」という言葉は、米国のVCであるカウボーイ・ベンチャーの創業者エイミー・リーが2年前に使い始めた言葉だと言われる。

「ユニコーン」の時価総額は、未上場の企業であるため株式市場で成立した株価をベースにした時価総額ではないが、未公開段階でのVC投資の評価額ということになる。こうした「ユニコーン」ベンチャーは、今年始めの米国「フォーチュン」誌によるとその時点で既に80社以上に上るとされており、最近ではそれが更に拡大し100社以上に達しているとも言われている。

「ユニコーン」ベンチャーの代表例は、最近注目を集めている配車サービス・アプリの開発ベンチャーのウーバーテクノロジーズであろう。この会社は2009年の創業、ドライバーが空き時間を利用してタクシーのように客を運ぶサービスの仲介事業を世界各国で展開している。未上場ながら時価総額=企業価値は約400億ドル(1ドル=120円換算で約5兆円)と言われ、この時価総額の水準は、ハーツやエイビスといった米国のレンタカー業界全体の時価総額を上回っているという。同時に現状のソニーの時価総額をも上回る。

こうした「ユニコーン」の出現は何を意味するのであろうか。

一つは、既に言われているように、2000年当時のようなITバブルの再燃ではないかというもの。つまり、当時も投資先ベンチャーの将来性を過大評価してためにバリュエーションが跳ね上がった。同じことがまた起こっているのだと言うのだ。

確かにそうした傾向はありそうではあるが、もう一つの意味は、米国では2002年のSOX法の制定で上場会社の内部統制等が厳しく問われ、上場することのコストがかかる状態になったため、本来ならIPO・上場して株式市場から大きな資金調達をすべきベンチャーがIPOを急がない、IPOを避ける傾向にあり、その代わりに現状大きな資金を抱えているVCからの調達に向かっているのではないかというものである。確かに、米国のIPO件数は2000年代以降大きく減少している。同時に、米国ではここ数年1億ドル(日本円で120億円)を超えるようなVCからの資金調達案件が増えている。

翻って日本の状況を見ると、IPO社数で見る限り増加傾向にある。今年も昨年の70社を上回ることは確実となっている。とはいえ、日本でもJ-SOX法が出来、情報開示等様々な面で上場会社の経営への締め付けは厳しくなっている。それが今後さらに厳しくなるとIPOを敬遠する会社も増えるのではないか。残念ながら日本のVCには米国ほどの資金はない。従って日本で「ユニコーン」が生まれることは難しい。そうなると有望なベンチャーの資金調達に支障が出てくる恐れも考えられる。有望なベンチャーの資金調達という意味でVC投資とIPO、それぞれの意味及びその2つの関係性を再度見直す必要もあるように思う。

※「THE INDEPENDENTS」2015年10月号 - p20より