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「起業家教育の意義」

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國學院大学
教授 秦 信行 氏

野村総合研究所にて17年間証券アナリスト、インベストメントバンキング業務等に従事。
1991年JAFCO に出向、審査部長、海外審査部長を歴任。
1994年國學院大学に移り、現在同大学教授。1999年から約2年間スタンフォード大学客員研究員。
日本ベンチャー学会理事であり、日本ベンチャーキャピタル協会設立にも中心的に尽力。
早稲田大学政経学部卒業。同大学院修士課程修了(経済学修士)

ベンチャーコミュニティを巡って

 
先般九州大学で行われている起業家教育プログラムについて話を聞く機会を得た。

九大では2010年頃から、それまでの起業家支援活動を行うVBL(ベンチャービジネス・ラボラトリー)を改組・再構築して起業家教育を本格的に実践する組織QREC(九州大学/ロバート・ファン/アントレプレナーシップ/センター)を立ち上げた。 この組織は、組織名にもあるように台湾出身の卒業生でシリコンバレーの起業家であるロバート・ファン氏の寄付金をもとに設立された。ロバート・ファン氏はシリコンバレーでIT分野で様々なビジネスサービスを展開するシネックス・コーポレーションを立ち上げた起業家、シネックス社は現在NYSE(ニューヨーク証券取引所)に上場している。

2011年度から本格的に始まったQRECの起業家教育プログラムは、九州大学の全学部・学科、さらには大学院の学生約2万人が全員横断的に履修できるプログラムになっており、正課として30科目、それに加えて様々な正課外の授業が用意されている。

昨年度の履修学生数は約600人、加えて聴講生の約200人も含めると合計で約800人が受講している。2011年度からのトータルの履修生は約2,000人になるという。

プログラムは基礎編-応用編-実践編という形に分けられており、段階的に学べる内容になっている。最初の基礎編では学生に「気付き」与えることを主眼に、「モーティベーション(やる気)」を引き出すような内容になっている。応用編では組織論、戦略論、人事管理、ファイナンスといった経営学の基幹的な内容の授業が置かれ、最後の実践編では、体験授業や実務家のゲスト講師の授業など、学生に疑似体験をさせるような内容になっている。

QREC起業家教育の特徴の一つは、その目標・使命にあり、単にベンチャー起業家の育成だけに目標が置かれているわけではなく、途上国で経済開発に挑戦する人材や地方自治体で課題解決に取組む行政マンなど、幅広いリーダー人材、自主的、積極的に新しい価値創造にチャレンジするアントレプレナー人材、イノベーション人材の育成に置かれている。

立ち上げて約5年、まだ学内での理解、位置付けは少し不安定で、学内資源の配分でも思うに任せないところもあるようだが、既に幾つかの成果が上がっていると聞く。

日本の大学の起業家教育の現状について、筆者は寡聞にして多くは知らない。

しかし、九大のこのプログラムが先端を走っているものと推測される。

ただ、こうした起業家教育、とりわけ、単に与えられた任務を果たすだけでなく、主体的に課題を発見し、新しいものに挑戦するような人材の育成は、もっと年齢の低い段階で行う必要があるように思う。その意味では、小・中・高校段階でのこうした教育はどのような状況になっているのだろうか。今後日本で育成すべき人材像の基礎、土台が作られていないと、大学だけでの教育では空回りしてしまう、というか、より十分な成果が上がらないのではなかろうか。九州大学の起業家教育は素晴らしいものとしても、そうした観点からの日本の起業家教育全体のあり方を考えてみる必要があるように思う。


※「THE INDEPENDENTS」2015年8月号 - p19より