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「創薬ベンチャーのライセンス事業モデル」

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株式会社リブテック
代表取締役社長 中村 康司さん

1967年1月福岡県生まれ。86年3月土浦第一高等学校・理数科 卒業。90年3月九州大学理学部生物学科 卒業。95年3月九州大学大学院医学系研究科博士課程修了・博士(理学)。95年4月ヘキスト・マリオン・ルセル株式会社・研究開発本部・創薬研究所・研究員。98年11月東京大学・分子細胞生物学研究所・研究員。99年4月財団法人KAST・幹細胞制御プロジェクト・研究員。2004年3月当社設立 代表取締役に就任。

住所:神奈川県川崎市宮前区野川907 帝京大学生物工学研究センター1・4階
設立:2004年3月 資本金:178,000,000円
http://www.livtech.co.jp/

副作用の少ない抗がん剤の研究開発

―貴社の事業内容について教えてください。
中村:癌を標的とした抗体医薬の研究開発を行っています。特に、治療標的分子の探索から抗体作製と薬効評価までが弊社の領域で、臨床開発候補抗体を製薬会社にアウトライセンスする事業モデルです。癌の組織中に少数存在する「癌幹細胞」という、癌の増殖の元となる細胞を標的としている点が弊社の特徴の1つです。特に有効な治療薬が無い、肝臓癌、膵臓癌をターゲットとしています。弊社はKAST(財団法人神奈川科学技術アカデミー)における組織幹細胞に関する研究成果を元に起業しました。そこで同定した、肝臓の幹細胞に発現している抗原で、癌治療の新しい標的分子と考えられる分子に対する抗体を多数作製。そしてそれらの中で、顕著な癌治療効果を示す抗体を協和発酵キリン株式会社へライセンスアウトし、副作用の少ない抗癌剤の開発を進めています。

KASTでの癌幹細胞の研究から癌治療抗体開発へ

―開発?設立のきっかけをお聞かせ下さい。
中村:従来は、正常な機能細胞が遺伝的な傷を蓄積することによって無限に増殖する癌細胞に変化していくと思われていました。しかし1997年に、急性骨髄性白血病において、正常な血液幹細胞が白血病の幹細胞に変異することが分かりました。それが癌幹細胞について最初に証明されたデータです。もともとKASTでは、あくまで幹細胞について研究しており、癌の治療抗体について研究していたわけではありませんでした。しかし、「組織幹細胞と癌幹細胞の類似性」に着目し、KASTでの基盤技術を応用して事業化できるのではないかと考えたのです。研究論文を書いて終わりにはしたくなかったですし、あとは他の会社にお任せするというのも嫌でした。また、リーダーだった宮島篤教授(東京大学・分子細胞生物学研究所)がアメリカで多くのバイオベンチャーを見てきたため、起業しないかと後押ししてくれたのも設立のきっかけになりました。

資金調達が課題のバイオベンチャー業界

―創薬ベンチャーというと資金面が厳しい印象を受けます。
中村:平成16年3月に設立し、6月にNEDOの助成金制度に採択され約1億円を受けました。その後エムビーエルベンチャーキャピタルが6月に出資、そこから事業計画を一緒に作り込み、都内のVCを回って9月にジャフコが出資。そこから数年はやっていける資金目途がつき、研究・開発に専念することができました。

製薬会社へアウトライセンスするビジネスモデル

―契約にいたるまでは相当時間がかかると思いますが。
中村:最悪ここまでに決めないと資金的に厳しいというデッドラインがあり、複数の製薬会社と同時進行で交渉し、ある意味駆け引きのように他社動向を伝えながら進めました。各社から高い評価を頂きましたが、最終的には協和発酵キリン?と1年間かけて交渉、契約を締結しました。抗体医薬開発に強みを持っており一番早く臨床試験に入れる可能性が高いことが決め手でした。

―ライセンス契約はどのような収入モデルなのでしょうか。また、高い契約金を提示した企業と提携したのですか。
中村:ライセンス契約には、通常、契約一時金と開発進捗に応じて得られるマイルストーン収入、医薬品になった場合の売上高に応じたロイヤリティー収入があります。契約一時金の多寡もポイントですが、契約一時金とマイルストーン収入のトータル金額での収入バランスも検討のポイントです。しかしそれ以上に、我々のプロダクトを相手の社内開発スケジュールの中でプライオリティを高く持っていてくれているかが重要な決定要素でした。

―コンサル会社と提携して契約交渉したそうですね。
中村:医薬品ライセンシング支援の?レクメドのアドバイスを受け、交渉を進めていくことができました。コンサル会社から製薬企業のキーマンを紹介していただいた事、担当のコンサルタントの方に、常にサポートして頂いた事が、その後の交渉成功における重要なポイントでした。

―抗体医薬は既存の抗がん剤とはどのような違いがあるのでしょうか。
中村:既存の抗癌剤の問題点は副作用が強いことです。既存の抗癌剤は、基本的に癌細胞と正常細胞の区別をすることができないため、癌細胞と同時に正常細胞も殺してしまいます。そこを克服するものとして現在の抗癌剤開発のトレンドが「分子標的医薬」であり、弊社はその中でも「抗体医薬」開発に特化しています。抗体とは、もともと私達の身体に備わっている免疫を司っているタンパク質で、体内に侵入した異物を特異的に認識して排除するものです。そのような抗体の特徴を利用して、癌細胞の細胞表面にだけ発現しているタンパク質を認識する抗体を作製することによって作用し、正常な細胞には作用しない、副作用の少ない抗癌剤の開発も可能になるのです。

癌を元からたたく

―どのようなプロセスなのでしょうか。
中村:最近では、癌にも元になる幹細胞(癌幹細胞)が存在することが解ってきて、癌幹細胞と正常な幹細胞はよく似た性質を持っていることが解ってきました。よって、普通の癌細胞の特徴ではなく、弊社は癌幹細胞の特徴を見つけることができるのです。また、抗体の作製と薬効評価についても非常に重要で、弊社は多くの技術とノウハウを持っています。それら全てを組み合わせ、「癌幹細胞」を標的とした、すなわち「癌を元から叩く」抗体を作製することができます。

―従来の抗がん剤と違い、癌増殖の元となる「癌幹細胞」に有効なのですね。
中村:癌幹細胞はここ数年非常にホットな研究領域です。癌幹細胞を標的とした抗体医薬開発は他社でも取り組んでいるテーマかと思いますが、弊社はまだ現在のようなトレンドになる以前から取り組んでおり、弊社と協和発酵キリン?が取り組んでいる創薬プロジェクトが第一号のリリースになることを期待しています。

―ラット・マウスの組織幹細胞を材料にしていることも特殊だそうですね。
中村:癌のための標的分子探索であるにも関わらず、癌そのものを対象(材料)とせず、マウス・ラットなど実験動物の組織幹細胞を材料にしていることもユニークな点です。人間を対象とすると、人間そのもののコンディションにもバラツキがありますし、癌の状態もまちまちです。しかし動物はある一定の状態を作り出すことができるため、それを出発材料としてその中から標的分子を探索します。

本物の創薬バイオベンチャーになる

―企業として10年後のビジョンをお持ちだそうですね。
中村:創薬はやはりハイリスク・ハイリターン。うまくいかない実験の連続です。数年かかるプロジェクトの最中、順調に進んでいない時期に入社してくる人もいます。いくらやる気があるとしてもうまくいかないことの連続では続けることは難しいでしょう。そのためにも企業として10年後のビジョンを示さなければならないと強く思いました。「10年後に本物の創薬バイオベンチャーになる」というものです。私の思う“本物”というのは借り物ではなく、自身の成果を社会に還元し、なんらかの形できちんとビジネスとして成り立っている創薬ベンチャーのことです。世界に先駆けて新しい医薬品を世の中に出すことを目指すのは当然ですが、必ずしもホームランだけを狙うのではなく、企業として継続していける戦略も考えていきたいと思います。

―ラット・マウスの組織幹細胞を材料にしていることも特殊だそうですね。
中村:癌のための標的分子探索であるにも関わらず、癌そのものを対象(材料)とせず、マウス・ラットなど実験動物の組織幹細胞を材料にしていることもユニークな点です。人間を対象とすると、人間そのもののコンディションにもバラツキがありますし、癌の状態もまちまちです。しかし動物はある一定の状態を作り出すことができるため、それを出発材料としてその中から標的分子を探索します。

研究開発の社会還元と継続的な価値創出

―創薬業界での人材の獲得は難しいのでは。
中村:自分の研究成果・技術を世の中に活かしたいという研究者は星の数ほどいます。そうした中で、ただ実験をやったからといって世の中の役に立つはずもありません。しかしながら、「良いものを世の中に出す研究」は大企業やお金のあるところでしかできないわけではなく、私たちのような小さな規模でも研究成果の社会還元と継続的な価値創出ができるということを知ってもらいたいと思っています。

―昔からリーダーシップのあるタイプだったのでしょうか。
中村:福岡県の出身で、大学は理学部生物学科、大学院は医学系研究科に進みました。父が大学の研究者で、農学部で樹木の品種改良の研究をしていたことから、研究者は身近な存在でした。リーダーシップがあるかと言われると、子どもの頃を考えても、決してリーダーシップがある方ではありませんでしたし、今でもあるとは思っていません。今の役割は自ら開発に関わる、まさにプレイングマネージャーです。社内で不満が出ればその都度ディスカッションはきちんとしますが、私にとって最も重要なことはプロジェクトの推進です。ある意味上司としてはあまりよくないかもしれませんね(笑)


推薦者のコメント(取締役管理本部長 中山 礼子) もともと前々職VCで欧米バイオ投資を経験し、米国の抗体医薬開発バイオベンチャーの事業提携交渉に関わった事があり、私自身は文系なのですが抗体医薬と縁があるのです。昔からおつきあいのある弊社大株主VCのご紹介でここに加わりましたが、初めて中村と話したとき、またラボを見たとき、とてもわくわくいたしました。
今は株式上場をひとつのターゲットとしてはおりますが、それ以上に「もっといい会社にしたい」「いいものを世に送り出したい」という気持ちを強く持っており、社内ではうるさがられながらも楽しく業務に取り組んでいます。


※全文は「THE INDEPENDENTS」2009年10月号にてご覧いただけます