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「スカイマークエアラインの意義」

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國學院大学
教授 秦 信行 氏

野村総合研究所にて17年間証券アナリスト、インベストメントバンキング業務等に従事。
1991年JAFCO に出向、審査部長、海外審査部長を歴任。
1994年國學院大学に移り、現在同大学教授。1999年から約2年間スタンフォード大学客員研究員。
日本ベンチャー学会理事であり、日本ベンチャーキャピタル協会設立にも中心的に尽力。
早稲田大学政経学部卒業。同大学院修士課程修了(経済学修士)

 スカイマークエアラインが民事再生法の適用を東京地裁に申請、経営破綻した。

 経営破綻の原因は色々言われている。筆者は最近のスカイマークの状況については新聞報道程度にしか知らない。しかし、この会社には過去幾つかの思い出がある。

 筆者の前職の会社の後輩に突然、「実はエアラインの新会社設立を計画しているのだけど」と相談されたのは1993年頃だったように記憶している。ある小さな喫茶店でのことだったと思うが、正直驚いた。聞くと、既に航空業界が専門の大学の教員、業界担当の証券アナリストなど、何人かの専門家に協力を仰いで事業計画を作成しつつあるというのだ。

 元々彼は大学時代にパイロットの免許を取ったとかで、飛行機に関しては子供の頃から思い入れがあったようだ。とはいえ、航空会社を立ち上げるとなると、当然事は簡単ではなく、相当な資金や人材などを集める必要がある。そうした点も質問したのだが、ともかく彼としては、日本の2社寡占の航空業界に風穴を開けたいのだと言う。

 ご案内のように、米国の航空業界は1980年代、新規参入による価格競争の激化で大幅に運賃が値下がりし、それが行き過ぎて倒産する航空会社も出たほどだった。それに比べて日本では、2社寡占状態が続き、国内の飛行機運賃は割高の水準に留まり、消費者は黙ってそれに耐えるしかなかった。彼はその状態を米国のように変えたいのだという。

 彼の私への要望は、こうした事業を応援してくれそうな人を何人か挙げて欲しいということだった。当初は驚いた私もこの計画に賛同して何人か応援してくれそうな人を挙げたように覚えているが、その人達の応援が役に立ったかどうかは定かでない。

 いずれにしてもその後、その計画は人々の知るところとなり、行政サイドの応援もあったようで、1996年11月会社はVCの資金的応援もあり設立された。そしてその2年後の1998年9月、東京-福岡間に第1号機が飛んだ。

 あれから約20年、今回残念ながら経営破綻してしまったが、スカイマークが果たした役割は決して小さなものではなかったと思う。確かに、米国ほどドラスチックではなかったものの、国内航空運賃はそれまでの固定的なものから流動化し、予約時期等によっては相当な幅が生まれた。それは消費者に大きなベネフィットを与えるものであった。

 ベンチャーの役割の一つは、革新的な製品やサービスを生み出すのと同時に、固定的な社会に風穴を開け、風通しを良くすることで、社会に新しい便益を与えることにもあるように思う。その意味でスカイマークは確かにベンチャーと言っていいであろう。

 スカイマークをベンチャーと呼ぶかどうかはともかく、今後スカイマークには、新しい経営陣の下で、新しい社会的な役割を再び担って欲しい。そのためには、まずは会社再生を急ぐ必要がある。再生支援を約束してくれた投資ファンド、インテグラル、近々決まるであろう共同スポンサー、そして、これまた奇しくも筆者の前職の会社の同僚であった新社長の活躍に期待したい。

※「THE INDEPENDENTS」2015年3月号 - p16より