「「経営風土、社会風土をどう変えるか」」
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既にこの連載でも取り上げたが、日本におけるベンチャー育成に関連する制度的な整備は1990年代以降急速に進んだ。例えば、1994年に公正取引委員会のVC投資規制の緩和で出資比率の制限がなくなり投資先への取締役派遣が自由化された。1997年には商法改正でストックオプションが解禁になった。1998年には、出資者=LPの有限責任を担保する投資事業有限責任組合が創設され、民法上の組合に代るVCファンドのビークルとして利用できるようになった。1999年には東証マザーズ市場が新設され、IPOの基準が緩和された。これによって企業の創業からIPOまでの時間は大幅に短縮された。2000年と2001年の商法改正によって柔軟な優先株式の利用が可能になった。2005年の会社法の登場でそれまでの株式会社の最低資本金制度はなくなり、資本金は幾らでも株式会社は作れるようになった。
このように日本でのベンチャー育成に関連する制度的な整備はこの20年間でかなり進展し、海外諸国と変わらない状態になった。しかし、日本におけるベンチャーの輩出状況は、徐々に改善しているとはいえ依然として芳しいものではない。
先頃の日経新聞の日曜版(4月1日の朝刊)の「中外時評」に「挑戦者包み込む経済に」と題したコラムが載っていた。読まれた方も多いと思うが、そこには「新しいものを生む挑戦者を受け入れにくい経済構造が依然として変わっていないこと」が指摘されていた。
確かに、日本では「出る杭は打たれる」的な状況、社会全体の雰囲気が他の国と比べると依然として色濃く残っているように感じられる。同様に、新しいものや挑戦者を簡単には受け入れない構造が確かに存在するように思う。具体的には、先の日経新聞のコラムでも書かれているが、自社で全てを賄おうとする自前主義、前例のないことを拒絶する前例主義、実績主義、特にそれは既存の大企業において顕著であるようだ。企業家が尊敬されないことも、そうした新しいもの、挑戦者を受け入れないことの裏返しともいえる。
こうした状況は日本の経済構造というより、経営風土、社会風土と言った方がいいのかもしれない。では何時頃からこうした風土は日本に定着したのであろうか。日本では戦前でも企業家は尊敬されなかったのであろうか。それは日本独特の社会構造、ないしは文化構造といえるほど強固で変えようのないものなのであろうか。
前日本ベンチャー学会会長の伊藤邦雄氏は最新の『日本ベンチャー学会誌』の特別寄稿の中で似たような議論を展開され(そこではリスクに挑戦する起業家を称える「称賛の文化」と表現されているが)、こうした問題は「制度論を超えている」と述べられている。
日本でのベンチャー、起業家輩出の問題に関しては、そうした風土論や文化論を正面から論じる必要性があるのではなかろうか。浅学の筆者には今のところ手に負えない分野ではあるが、今後の研究テーマとしたいと思う。