スタートアップ政策の転換期
5か年計画 ― 起業の裾野は広がった
2022年に策定された「スタートアップ育成5か年計画」は、日本の起業環境を変える大きな契機となりました。2027年度にスタートアップへの投資額を10兆円規模とし、将来的にユニコーン100社、スタートアップ10万社を目指す計画です。
2025年のスタートアップ企業数は約2万5,000社と、5年間で約1.5倍に増えました。一方、年間投資額は約7,600億円、ユニコーン企業は2025年10月時点で8社でした。経済産業省の「スタートアップエコシステム調査2026」では、スタートアップによる創出GDPを直接効果で13.66兆円と推計しています。
起業や投資への関心が高まり、スタートアップが身近な存在になったことは、この5か年計画の成果の一つだと思います。ただし、GDPの推計値は政策そのものの効果を示すものではありません。投資額や企業数を増やした先に、どのような企業が育ち、何を実現するのか。改めて考える時期ではないでしょうか。
産業 ― 世界一より独自のポジショニングを
米国ではGoogle、Amazon、Metaなど、かつてのスタートアップが世界を代表する企業へと成長しました。日本からも、こうした企業が誕生することを期待したいものです。しかし、世界の時価総額ランキングで上位を占めることだけが、日本企業の目指す姿ではないと思います。
例えば、テスラの時価総額はトヨタを大きく上回りますが、自動車の販売台数や収益力では異なる姿が見えます。ユニクロのように世界一を目指す企業もあれば、半導体製造装置や特殊素材など、特定分野で世界に不可欠な存在となっている日本企業もあります。
スタートアップには、世界一を目指すナンバーワン戦略だけでなく、独自の強みを生かして市場で確かな地位を築くポジショニング戦略も重要だと思います。
金融 ― スタートアップ投資の意義
スタートアップ投資において、資本のアロケーションという視点は欠かせません。投資家にとっては、上場株式や債券とは異なる成長機会を持つオルタナティブ投資の一つです。リスクや流動性を考慮しながら、長期的な資産形成の一部に位置付ける意義があると思います。
一方、投資額を増やせば、それに比例してリターンが増えるわけではありません。未上場企業の評価額は将来への期待を反映しますが、実際の収益力を保証するものではありません。ユニコーンの数や資金調達額よりも、企業の成長を通じて投資価値が高まり、IPOやM&Aによる回収が次の投資につながる循環が大切ではないでしょうか。
公的資金については、ディープテックなど民間資金だけでは対応しにくい領域で、長期的な挑戦を支える役割があると考えます。
地方 ― 独自の競争優位を築く
地方でもスタートアップ支援が広がりました。しかし、スタートアップが生まれ、成長することが、必ずしも地域の雇用増加につながるわけではありません。特にAIやデジタル分野では、少人数で大きな付加価値を生み出す企業も増えています。地方創生とスタートアップ育成は、分けて考える必要があると思います。
地方には、独自の技術やものづくりの力を持つ有力企業が数多くあります。こうした企業が若い世代の発想や挑戦を取り込み、全国、さらには海外へ市場を広げることにも期待したいと思います。必ずしもグロース市場で重視されるような急成長を目指す必要はありません。地域に根差しながら独自の世界観と競争優位を築き、着実に成長する。地方には、そんな企業のあり方があってもよいのではないでしょうか。
教育 ― 起業する人数より挑戦する力を
アントレプレナーシップ教育の広がりは歓迎したいと思います。若い世代が自ら課題を見つけ、挑戦する経験は、将来どのような仕事に就いても役立つでしょう。
一方、起業の仕方を学ぶことと、事業を生み出し、成長させることは同じではありません。顧客と向き合い、仲間を集め、試作品を市場で試し、必要なら方向を変える。こうした実践から学ぶことは少なくないと思います。
起業家だけでなく、既存企業で新規事業に挑む人材もイノベーションの担い手です。教育を通じて、挑戦する精神と事業を創造する力の両方が育つことを期待しています。
スタートアップに期待すること
スタートアップに期待するのは、ドラッカーのいう「顧客の創造」であり、イノベーションです。世界一を目指すだけでなく、独自の強みを生かして新たな市場を切り開くことに、その存在意義があると思います。スタートアップ政策も、企業の数や評価額だけでなく、顧客の創造とイノベーションの成果へと視点を移す転換期を迎えているように思います。

【國本 行彦】
1960年8月21日生。
東京都立志村高校卒業。
1984年早稲田大学法学部卒業後、日本合同ファイナンス(現・JAFCO)入社。
2006年1月5日 (株)インディペンデンツ(現(株)Kips)設立、代表取締役就任。
2015年11月9日 特定非営利活動法人インデペンデンツクラブ 代表理事就任(現副代表理事)
2020年6月 (株)ラクス社外取締役就任
日本証券アナリスト協会認定アナリスト
※「THE INDEPENDENTS」2026年11月号 - P.14 より