1 はじめに

 前回のコラムでは、POC契約と特許戦略について述べました。POC契約では、POC前・中・後に生じる特許を整理し、将来の市場支配を見据えて契約を設計することの重要性を説明しました。
 もっとも、近年のAIやロボティクス分野では、特許と同程度、あるいはそれ以上に重要な資産が存在します。それが「データ」です。
 本稿では、POC契約において生成・蓄積されるデータの取扱いについて検討します。

2 POCで生まれるデータ

 スタートアップX社は、山岳工事現場を飛行しながら監視を行うドローンを開発していました。ドローンにはカメラや各種センサが搭載されており、取得した情報をAIで解析することで、作業進捗の把握や危険箇所の検出を行います。
 X社は、大手建設会社Y社との間で、実際の山岳工事現場におけるPOCを実施しました。当初、当事者が注目していたのは、ドローンの飛行性能やAIの認識精度でした。しかし、POCが進むにつれ、映像データ、地形データ、飛行ログ、危険箇所の判定結果等の大量のデータが蓄積されていきます。
そして、POC終了後に「これらのデータは誰が利用できるのか」という問題が生じます。

3 データは誰のものか

 Y社は、「工事現場は当社の現場であり、現場を提供したのは当社であり、取得されたデータは当社のものだ」と主張します。他方、X社は、「当社が開発したドローン及びAIによって生成されたデータであり、今後の製品改良に利用したい」と主張します。
 いずれの主張にも一定の合理性があります。実は、日本法には、特許権や著作権のような意味での一般的な「データ所有権」は存在しません。そのため、データを誰がどの範囲で利用できるかは、契約によって整理する必要があります。

4 POC契約で整理すべき事項

 第一に、取得データの利用権です。POC終了後も双方が利用できるのか、利用目的に制限を設けるのかを明確にする必要があります。
 第二に、AI学習への利用です。近年のAIビジネスでは、取得したデータをAIモデルの学習に利用できるか否かが競争力を左右します。POCのために取得したデータを、その後の製品改良や他案件向けの学習に利用できるのかは重要な交渉事項です。
 第三に、学習済みモデルの取扱いです。POCを通じてAIの精度が向上した場合、その成果を誰が利用できるのかが問題となります。データそのものではなく、学習によって向上したAIモデルこそが、スタートアップの競争力の源泉となる場合も少なくありません。
 第四に、機密情報を除去した後の利用です。取得データには、工事場所、発注者、工法等の現場固有の機密情報が含まれる場合があります。そのため、これらの情報を除去した上で、統計情報や分析結果として利用できるのかを明確にしておくことが重要です。
 第五に、第三者提供です。委託先やグループ会社への提供を認めるのかについても整理しておくべきでしょう。

5 小括

 従来、POC契約では発明やノウハウの帰属に議論が集中していました。しかし、AIやロボティクスが社会実装されつつある現在では、POCを通じて取得されるデータそれ自体が重要な競争力となっています。
 そのため、POC契約においては、「発明は誰のものか」だけではなく、「データを誰が利用できるのか」という観点から契約を設計する必要があります。技術法務においては、特許戦略のみならず、データ戦略もまた企業競争力を左右する重要なテーマとなっているのです。

以 上

 
※「THE INDEPENDENTS」2026年7月号 P.13より
※掲載時点での情報です
 

 
弁護士法人 内田・鮫島法律事務所 弁護士/弁理士 高橋 正憲 氏   弁護士法人 内田・鮫島法律事務所 弁護士/弁理士 高橋 正憲 氏

2004年北海道大学大学院工学研究科量子物理工学専攻修了後、(株)日立製作所入社、知的財産権本部配属。2007年弁理士試験合格。2012年北海道大学法科大学院修了。2013年司法試験合格。2015年1月より現職。

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