株式会社Kips 代表取締役 國本行彦   【國本 行彦】 
1960年8月21日生。
東京都立志村高校卒業。
1984年早稲田大学法学部卒業後、日本合同ファイナンス(現・JAFCO)入社。
2006年1月5日(株)インディペンデンツ(現(株)Kips)設立、代表取締役就任。
2015年11月9日 特定非営利活動法人インデペンデンツクラブ 代表理事就任(現副代表理事)
2020年6月 (株)ラクス社外取締役就任

 

 地方都市におけるスタートアップ政策は、この数年で急速に広がってきました。しかし、その多くは見直しの局面に入っているように思われます。従来のように「起業を増やす」こと自体を目的とする段階は、すでに終わりつつあるのではないでしょうか。

 現実には、スタートアップが成長を志向するほど、資本や人材を求めて東京へ移るのは自然な流れです。これは地方政策の失敗ではなく、資源の集積構造から見れば合理的な選択です。この前提に立てば、地方が目指すべきは「外に出さないこと」ではなく、「そもそも選ばれる地域になること」であると考えられます。

 その意味で、近年の地方政策の中でも示唆的なのが、海と山と温泉に恵まれた鹿児島県日置市の取り組みです。同市の永山由高市長は工場誘致から本社機能の誘致へと政策を転換し、人と企業の意思決定機能を地域に呼び込むことを重視しています 。背景にあるのは、「企業を誘致する」のではなく、「人が住み続けたいと思う環境をつくる」という考え方です。

 また同市に本社を移転した小平株式会社の小平勘太代表取締役が語る「街まるごとオフィス」という発想も、その延長線上にあります。働く場所と生活の場を切り分けるのではなく、地域全体を仕事の場として再構成する。このような環境が整えば、結果として企業や人材が流入し、スタートアップも生まれやすくなるという考え方です 。ここではスタートアップ支援は目的ではなく、「結果」として位置づけられています。

 同様の構造は、帯広市のフードバレー政策にも見られます。農業・食品産業という地域資源に基づき、企業や研究機関、人材を結びつけることで産業集積を形成してきました。スタートアップ支援を前面に出すのではなく、地域の強みを軸に企業活動を活性化させる。このような取り組みが、結果として新たな事業や起業を誘発している点は評価に値すると考えます。

 一方で、都市型の事例としては川崎市のアプローチも参考になります。川崎市は量子・AI・半導体といった分野において、大企業や大学の研究成果を実証・事業化する「ディープテック実装都市」としての役割を志向しています 。ここでは、スタートアップを多数生み出すことよりも、既存産業との連携の中で少数精鋭の企業を育てることが重視されています。

 また、神戸市の医療産業都市のように、特定分野に特化した集積を形成する例もあります。いずれにしても共通しているのは、「どの企業を育てるか」ではなく、「どの企業が来たくなるか」という視点です。

 鹿児島のインデペンデンツでも、農業や水産業といった地域資源に根ざしたスタートアップが多く見られました。これは、地方においては産業構造そのものが起業の方向性を規定していることを示しています 。裏を返せば、地域の強みを明確にしなければ、起業の質も定まらないということでもあります。

 さらに重要なのは、地域ごとに「住民が何を求めているか」が異なる点です。ある地域では雇用の安定が重視され、別の地域では新しい産業や外部人材の流入が求められる。この違いを無視して画一的なスタートアップ政策を展開しても、効果は限定的にならざるを得ません。

 地方のスタートアップ政策は、今後ますます地域固有の文脈に依存していくと考えられます。起業支援そのものよりも、どのような産業を軸に、どのような人材を呼び込み、どのような生活環境を提供するのか。その設計こそが政策の核心になります。

 総じて言えば、これからの地方政策は「起業を増やす」段階から、「選ばれる地域をつくる」段階へと移行しています。スタートアップはその結果として生まれる存在であり、政策の出発点ではありません。地方が持続的に成長するためには、企業や人が自然に集まる構造をどう設計するか。この問いに向き合うことが、これからのスタートアップ政策に求められているのではないかと考えます。

※「THE INDEPENDENTS」2026年5月号 - P.16 より