1 はじめに
今回のコラムでは、特許庁の審査の運用に基づいて(「AI関連技術に関する事例について」(2024年・特許庁)、「AI関連技術に関する事例の追加について」(2024年3月13日・特許庁審査第一部調整課審査基準室))、先月に引き続いて、学習済みモデルにかかる発明について紹介します。
2 設例(以下の特許出願は、特許となるでしょうか。)(※1)
(1) 特許明細書等の出願書類
発明の名称:宿泊施設の評判を分析するための学習済みモデル 【請求項1】 宿泊施設の評判に関するテキストデータに基づいて、宿泊施設の評判を定量化した値を出力するための学習済みモデルであって、第1のニューラルネットワークの学習済み重み付け係数と、前記第1のニューラルネットワークからの出力が入力されるように結合された第2のニューラルネットワークの学習済み重み付け係数とからなるパラメータセットとして構成され、 前記第1のニューラルネットワークが、少なくとも1つの中間層のニューロン数が入力層のニューロン数よりも小さく且つ入力層と出力層のニューロン数が互いに同一であり各入力層への入力値と各入力層に対応する各出力層からの出力値とが等しくなるように重み付け係数が学習された特徴抽出用ニューラルネットワークのうちの入力層から中間層までで構成されたものであり、前記第2のニューラルネットワークの重み付け係数が、前記第1のニューラルネットワークの重み付け係数を変更することなく、学習されたものであり、 前記第1のニューラルネットワークの入力層に入力された、宿泊施設の評判に関するテキストデータから得られる特定の単語の出現頻度に対し、前記第1及び第2のニューラルネットワークにおける前記学習済み重み付け係数に基づく演算を行い、前記第2のニューラルネットワークの出力層から宿泊施設の評判を定量化した値を出力するための学習済みモデル。 〔発明の詳細な説明の概要〕 本発明の学習済みモデルは、宿泊施設の評判に関するテキストデータに基づいて、宿泊施設の評判を定量化した値を出力するようコンピュータを機能させるための人工知能ソフトウエアで用いられるパラメータセットであり、第1のニューラルネットワークの学習済み重み付け係数と、前記第1のニューラルネットワークからの出力が入力されるように結合された第2のニューラルネットワークの学習済み重み係数とからなる。 本発明の学習済みモデルは、CPU及びメモリを備えるコンピュータにて人工知能ソフトウエアの演算のためのパラメータセットとして用いられる。具体的には、コンピュータのCPUが、人工知能ソフトウエアの一部であるプログラムモジュールの指令に従って、第1のニューラルネットワークの入力層に入力された入力データ(宿泊施設の評判に関するテキストデータから、例えば形態素解析して、得られる特定の単語の出現頻度)に対し、第1及び第2のニューラルネットワークにおける学習済み重み付け係数と応答関数等に基づく演算を行い、第2のニューラルネットワークの出力層から結果(評判を定量化した値、例えば「★10個」といった値)を出力するよう動作する際、第1及び第2のニューラルネットワークでの演算に利用される学習済み重み付け係数として用いられる。 |
(2) 特許出願の帰趨 (※2)
上記内容を出願した場合、請求項1にかかる発明は、発明該当性要件(※3)を満たさず(特許法29条1項柱書)、特許されません。
特許庁の公開する審査基準「第Ⅲ部第1章」には、情報の提示(提示それ自体、提示手段や提示方法)に技術的特徴を有しないような、情報の単なる提示(提示される情報の内容にのみ特徴を有するものであって、情報の提示を主たる目的とするもの)は「発明」(特許法29条1項柱書)に該当しないことが示されています(2.1.5 技術的思想ではないもの)。
本件の請求項1では、「パラメータセットとして構成される学習済みモデル」の提示それ自体、提示手段や提示方法について何ら技術的な特徴が規定されていないところ、請求項1に記載の「学習済みモデル」は、「第1のニューラルネットワークからの学習済み重み付け係数と、前記第1のニューラルネットワークからの出力が入力されるように結合された第2のニューラルネットワークの学習済み重み付け係数」という情報の内容に特徴があるものであって、情報の提示を主たる目的とするものといえます。
よって、請求項1に係る「学習済みモデル」は、情報の単なる提示であり、全体として自然法則を利用した技術的思想の創作ではなく、「発明」に該当しないと判断され、特許されません。
特許庁の公開する審査基準「第Ⅲ部第1章」には、情報の提示(提示それ自体、提示手段や提示方法)に技術的特徴を有しないような、情報の単なる提示(提示される情報の内容にのみ特徴を有するものであって、情報の提示を主たる目的とするもの)は「発明」(特許法29条1項柱書)に該当しないことが示されています(2.1.5 技術的思想ではないもの)。
本件の請求項1では、「パラメータセットとして構成される学習済みモデル」の提示それ自体、提示手段や提示方法について何ら技術的な特徴が規定されていないところ、請求項1に記載の「学習済みモデル」は、「第1のニューラルネットワークからの学習済み重み付け係数と、前記第1のニューラルネットワークからの出力が入力されるように結合された第2のニューラルネットワークの学習済み重み付け係数」という情報の内容に特徴があるものであって、情報の提示を主たる目的とするものといえます。
よって、請求項1に係る「学習済みモデル」は、情報の単なる提示であり、全体として自然法則を利用した技術的思想の創作ではなく、「発明」に該当しないと判断され、特許されません。
3 本事例から学ぶ留意点
本件の学習済みモデルは、「パラメータセットとして構成」されるものであり、「プログラム」ではないと判断され特許されません。学習済みモデルに特徴を有する場合、これを特許とするためには、コンピュータに対する指令であって、一の結果を得ることができるように、「学習済みモデル」がコンピュータを手段として機能させるようにコンピュータ処理を行うことに留意すべきでしょう(※4)(2025年8月号のコラムも参照。)。
以 上
<注釈>
(※1) 本文中枠内の【請求項1】は、「AI関連技術に関する事例について」(2024年・特許庁)97頁から引用、〔発明の詳細な説明の概要〕は「AI関連技術に関する事例の追加について」(2024年3月13日・特許庁審査第一部調整課審査)46頁から引用。
(※2) 特許出願の帰趨の詳細は、「AI関連技術に関する事例について」(2024年・特許庁)100頁~101頁参照。
(※3) 発明該当性要件とは、発明は自然法則を利用した技術的思想の創作であることが要求されるところ(特許法2条1項)、ソフトウェア関連発明においては、ソフトウェアによる情報処理がハードウェア資源を用いて具体的に実現されることが課される要件です(審査基準付属書B第1章2.1.1.2)。
(※4) 「AI関連技術に関する事例について」(2024年・特許庁)93頁~96頁の事例2-14参照。
(※2) 特許出願の帰趨の詳細は、「AI関連技術に関する事例について」(2024年・特許庁)100頁~101頁参照。
(※3) 発明該当性要件とは、発明は自然法則を利用した技術的思想の創作であることが要求されるところ(特許法2条1項)、ソフトウェア関連発明においては、ソフトウェアによる情報処理がハードウェア資源を用いて具体的に実現されることが課される要件です(審査基準付属書B第1章2.1.1.2)。
(※4) 「AI関連技術に関する事例について」(2024年・特許庁)93頁~96頁の事例2-14参照。
※「THE INDEPENDENTS」2025年9月号 P.9より
※掲載時点での情報です
※掲載時点での情報です
![]() |
弁護士法人 内田・鮫島法律事務所 弁護士/弁理士 高橋 正憲 氏 2004年北海道大学大学院工学研究科量子物理工学専攻修了後、(株)日立製作所入社、知的財産権本部配属。2007年弁理士試験合格。2012年北海道大学法科大学院修了。2013年司法試験合格。2015年1月より現職。 【弁護士法人 内田・鮫島法律事務所】 所在地:東京都港区虎ノ門2-10-1 虎ノ門ツインビルディング東館16階 TEL:03-5561-8550(代表) 構成人員:弁護士34名・スタッフ16名 取扱法律分野:知財・技術を中心とする法律事務(契約・訴訟)/破産申立、企業再生などの企業法務/瑕疵担保責任、製造物責任、会社法、労務など、製造業に生起する一般法律業務 http://www.uslf.jp/ |