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「新しい中堅企業への期待」

  インデペンデンツクラブ代表理事 秦 信行 氏

早稲田大学政経学部卒業。同大学院修士課程修了(経済学修士)。野村総合研究所にて17年間証券アナリスト、インベストメントバンキング業務等に従事。1991年JAFCO に出向、審査部長、海外審査部長を歴任。1994年國學院大学に移り、現在同大学名誉教授。1999年から約2年間スタンフォード大学客員研究員。日本ベンチャー学会理事であり、日本ベンチャーキャピタル協会設立にも中心的に尽力。2019年7月よりインデペンデンツクラブ代表理事に就任。
   

 

 前々回第183回のこのコラムで「中堅企業論」と題して「中堅企業」について書かせて頂いた。

 その内容は、まず、「中小企業基本法」で規定された中小・小規模企業の位置付けはそのままに、新たに従業員2,000名以下の企業を「中堅企業」として位置付ける産業競争力強化法の改正案がこの2月に閣議決定されたことをお伝えした。

 それと同時に前々回のコラムでは、定義付けが曖昧だと考えられてきた「中堅企業」について、「二重構造論」に規定されて中小企業は永遠に中小企業に留まらざるを得ないという考え方が一般的だった1960年代当時、実証的な調査研究によって、中小企業の枠を超えて企業規模を拡大している企業があることを見つけられ、それらの企業群を「中堅企業」と定義され、そうした企業が生まれた背景等を分析されたのが故中村秀一郎氏であったことも書かせて頂いた(中村秀一郎『中堅企業論』1964年、東洋経済新報社参照)。

 今回のこのコラムではそれに続き、上記の今年新しく産業競争力強化法の改正によって従業員2,000名以下の企業を新しく「中堅企業」と位置付けたことの意義、加えてそうした新しい「中堅企業」への期待などについて書くことにする。

 まず第一に、今回の産業競争力強化法が改正されることで新しく「中堅企業」が定義されることになった背景がどこにあるのか。

 これまでの日本では戦後、先のコラムにも書かせて頂いたように、1963年に制定された「中小企業基本法」によって、製造業であれば資本金3億円以下もしくは従業員数300人以下の企業、といった形で中小企業が規模に応じて定義され、そうした中小企業に対して公的支援が受けられる形になっていた。そうなると支援対象の中小企業から見ると、成長より中小企業の枠内に留まり公的支援を受ける方が経営上有利だという考え方が生まれてもおかしくない。今回の起業競争力強化法の改正の第一の背景は、公的支援対象を従業員2,000名以下の「中堅企業」にまで広げることによって企業成長を促すことにあると思われる。

 こうした動きは、実は近年日本の周辺国である韓国や台湾でも既に始まっていたようなのだ。特に台湾では10年以上前に中堅企業の成長を促進する計画を立て研究開発などの補助金を優先的振り向けることで雇用創出に繋げる施策を実施していたという。

 それと同時に、経産省の資料によって日本の新しい「中堅企業」の2011年から2021年まで10年間の国内法人単体の売上高や設備投資の拡大額を「大企業」や「中小企業」と比較すると、いずれも「中堅企業」が「大企業」や「中小企業」を上回っている。「大企業」は海外での売上高を含めると新しい「中堅企業」を上回っているとも考えられるが、少なくとも日本国内では「中堅企業」の売上高の拡大額が過去10年間で見ると最も大きい。

 その意味で、今回の産業競争力強化法の改正を通じて公的支援対象を従業員300名以下の「中小企業」から従業員2,000名以下の「中堅企業」にまで引き上げる措置は、「中小企業」の成長意欲を高めると同時に、日本国内、特に地方、地域経済の活性化に対して大きな意義をもつものと思われる。これからの新しい「中堅企業」の一段の拡大に期待したい。

 

※「THE INDEPENDENTS」2024年5月号 掲載 - P.14より
※冊子掲載時点での情報です