「AI関連発明の特許出願時の留意点 (5)」
1 はじめに
本コラムでは、設例に基づき、AI関連発明の特許出願時の留意点を検討します。
2 設例(※1)(以下の特許出願は、特許となるでしょうか。)
スタートアップA社は、人相とその人が育てた野菜の糖度に一定の関係性があることを用いて、人物の顔画像からその人物が野菜を栽培した際の野菜の糖度を推定するシステムについて、以下の出願書類において、特許出願をしました。
(1) 特許明細書等の出願書類
【発明の名称】糖度推定システム 【特許請求の範囲】
【請求項1】 人物の顔画像と、その人物が栽培した野菜の糖度とを記憶する記憶手段と、
前記記憶手段に記憶された人物の顔画像と前記野菜の糖度とを教師データとして用い、入力を人物の顔画像とし、出力をその人物が野菜を栽培した際の野菜の糖度とする判定モデルを機械学習により生成するモデル生成手段と、 人物の顔画像の入力を受け付ける受付手段と、 前記モデル生成手段により生成された判定モデルを用いて、前記受付手段に入力された人物の顔画像から推定されるその人物の栽培した際の野菜の糖度を出力する処理手段と、 を備える糖度推定システム。 発明の詳細な説明の概要
本発明の目的は、人相とその人が育てた野菜の糖度に一定の関係性があることを用いて、人物の顔画像からその人物が野菜を栽培した際の野菜の糖度を推定するシステムを提供することにある。例えば、人相は図に示される、頭の長さ、頭の幅、鼻の幅、唇の幅によって特徴付けられる。ここでいう野菜の糖度とは、野菜の種類ごとに種をまいてから一定の期間がたった際の糖度である。本システムを用いることにより、身近な人物の中で誰が栽培すれば最も糖度の高い野菜を育てられるか、といった予測をすることが可能となる。
まず、糖度推定システムは、ユーザから人物の顔画像の入力を受け付ける。そして人物の顔画像を入力として、その人物が野菜を栽培した際の野菜の糖度を出力とする判定モデルを用いて、前記人物が野菜を栽培した際の予想される野菜の糖度を取得する。前記判定モデルは、畳み込みニューラルネットワーク(CNN)など公知の機械学習アルゴリズムを利用して、人物の顔画像と、その人物が栽培した野菜の糖度の関係を教師データとして学習させる教師あり機械学習により生成する。 [前提]
出願時の技術常識に鑑みても人物の顔画像と、その人物が栽培した野菜の糖度との間に相関関係等の一定の関係(以下、本事例においては「相関関係等」という。)が存在することは、推認できないものとする。 |
(2) 特許出願の帰趨 (※2)
上記内容を出願した場合、実施可能要件 (※3)(特許法36条4項1号)を満たさず、特許されません。
なぜならば、出願時の技術常識、及び、出願書類に鑑みると、発明の詳細な説明の記載は、請求項1に記載された、「顔画像推定される」から「野菜の糖度」を出力する点について、「人相とその人が育てた野菜の糖度に一定の関係性がある」と記載されているにすぎず、人相を特徴付ける例として、頭の長さ、頭の幅、鼻の幅、唇の幅が記載されているものの、具体的な相関関係等については、記載されておらず、出願当初の技術常識からも同相関関係は推認できないので、請求項1に記載された発明は、発明の詳細な説明において、当業者が実施できる程度に記載されているとはいえないからです。
3 本事例から学ぶ留意点
なぜならば、出願時の技術常識、及び、出願書類に鑑みると、発明の詳細な説明の記載は、請求項1に記載された、「顔画像推定される」から「野菜の糖度」を出力する点について、「人相とその人が育てた野菜の糖度に一定の関係性がある」と記載されているにすぎず、人相を特徴付ける例として、頭の長さ、頭の幅、鼻の幅、唇の幅が記載されているものの、具体的な相関関係等については、記載されておらず、出願当初の技術常識からも同相関関係は推認できないので、請求項1に記載された発明は、発明の詳細な説明において、当業者が実施できる程度に記載されているとはいえないからです。
3 本事例から学ぶ留意点
AIを用いて有用な相関関係を予測できた場合(本件であれば、顔画像と野菜の糖度の相関関係)であっても、特許明細書においては、具体的な相関関係を記載するか、同相関関係が出願当時の技術常識からして推認できるものでなければ、特許されないことに留意すべきです。
特許出願後に、実際の相関関係を裏付ける実験証明書などを提出しても、上記拒絶理由は治癒しないことに留意が必要です(※4)
特許出願後に、実際の相関関係を裏付ける実験証明書などを提出しても、上記拒絶理由は治癒しないことに留意が必要です(※4)
<注釈>
(※1) 本コラムで紹介するのは、「AI関連技術に関する事例について」(2019年・特許庁)の事例46です。
本文中枠内は、「AI関連技術に関する事例について」(2019年・特許庁)8頁から引用、
図表は「AI関連技術に関する事例の追加について」(2019年1月30日・特許庁審査第一部調整課審査基準室)15頁から引用。
本文中枠内は、「AI関連技術に関する事例について」(2019年・特許庁)8頁から引用、
図表は「AI関連技術に関する事例の追加について」(2019年1月30日・特許庁審査第一部調整課審査基準室)15頁から引用。
(※2) 特許出願の帰趨の詳細は、「AI関連技術に関する事例について」(2019年・特許庁)9頁参照。
(※3) 実施可能要件とは、発明の詳細の説明の記載が、当業者が発明を実施できる程度に明確かつ十分な記載であることが必要であることをいます。
(※4) 「AI関連技術に関する事例について」(2019年・特許庁)9頁参照。
以上
※「THE INDEPENDENTS」2024年3月号 P.11より
※掲載時点での情報です
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弁護士法人 内田・鮫島法律事務所 弁護士/弁理士 高橋 正憲 氏 2004年北海道大学大学院工学研究科量子物理工学専攻修了後、(株)日立製作所入社、知的財産権本部配属。2007年弁理士試験合格。2012年北海道大学法科大学院修了。2013年司法試験合格。2015年1月より現職。【弁護士法人 内田・鮫島法律事務所】 所在地:東京都港区虎ノ門2-10-1 虎ノ門ツインビルディング東館16階 TEL:03-5561-8550(代表) 構成人員:弁護士25名・スタッフ13名 取扱法律分野:知財・技術を中心とする法律事務(契約・訴訟)/破産申立、企業再生などの企業法務/瑕疵担保責任、製造物責任、会社法、労務など、製造業に生起する一般法律業務 http://www.uslf.jp/ |