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「VCの不都合な真実」

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インデペンデンツクラブ代表理事
秦 信行 氏

早稲田大学政経学部卒業。同大学院修士課程修了(経済学修士)。野村総合研究所にて17年間証券アナリスト、インベストメントバンキング業務等に従事。1991年JAFCO に出向、審査部長、海外審査部長を歴任。1994年國學院大学に移り、現在同大学名誉教授。1999年から約2年間スタンフォード大学客員研究員。日本ベンチャー学会理事であり、日本ベンチャーキャピタル協会設立にも中心的に尽力。2019年7月よりインデペンデンツクラブ代表理事に就任。



 既にお読みになった方もおられるかもしれないが、去る3月15日に「ベンチャー・キャピタリストー世界を動かす最強の『キングメーカー』たち」という書籍が株式会社ニューズピックスから発刊された。著者はNewspicks副編集長でサンフランシスコ支局長の後藤直義氏とSoso Ventures共同創業者でパートナーのフィル・ウイックハム氏のお二人、内容はシリコンバレーを中心に世界で活躍するVCやキャピタリストの最近の動向やVCという事業の基本的な構造等について書かれたものだ。
 頁数550ページ弱のかなり大部の本で、筆者も読み始めたのだがまだすべてを精読はしていない。とはいえ、ざっと目を通して筆者が気になったのが全体7章建ての最後の7章「ベンチャーキャピタルの『不都合な真実』」という章である。この章は2章の「進化し続けるVCの秘密」と呼応した章になっているようで、そこにはVC関係者でも必ずしも理解していないVCの「不都合な真実」が何点か指摘されている。
 簡単に紹介すると、まずはどんなに優秀なVC、キャピタリストでも投資機会があったにもかかわらず見逃してしまう案件があると言う真実、キャピタリストは常にFOMO(Fear of Missing Out)に苛まれている。当たり前と言えば当たり前だが未来をすべて見抜けるようなVCないしはキャピタリストはいないということである。
 二つ目は全VCファンドの平均的なリターンは決して高いのもではなく(年によっては上場株投信平均より低い場合もありマイナスの場合もある)、高リターンのファンドの成績は、投資先の中の1~2社に過ぎない投資倍率10倍以上といったビッグ・ディール、特大ホームラン・ディールによって決定されるという真実。
 三つ目は、米国では同じVCが組成するファンドについて4号ファンド以上続くVCは全体の30%に満たない、つまり大半のVCは4号ファンド以降ではLP(Limited Partner=ファンド出資者)を獲得できずに消えていくという真実である。このことは継続的に、長期に亘ってVCファンド事業を行っていくことが難しいことを意味している。
< 加えて四つ目、総じてVCファンドの長期に亘る継続が難しいとはいえ、4号ファンド以上の組成が継続的に出来ているVC、つまり全米の1000社近いVCの中で1%程度のトップティアのVCは固定的で寡占構造になっているという真実である。このことは2章に主に書かれている。それは、トップティアに新しいVCが食い込むことが大変難しいことを意味している。何故そうなのか、その背景についてはこの本を読んでいただたいが、簡単に言えばトップティアVCの情報力とある種のブランド力ということになろうか。
 今回筆者は、ここで紹介した書籍、最近の米国VCの動向も踏まえて書かれたこの書籍の2章と7章を読み、そこで指摘されたVCの「不都合な真実」を目にして少し驚いてしまった。何故なら、それらは最近の米国VCの状況を詳しくは知らない筆者が理解していることと同様であり、既にこのコラムでも断片的ながら指摘したことでもあったからだ。それは、VC投資の仕組みが変わらない限り、本質的な事柄は変わらないことを意味しているのであろう。

※「THE INDEPENDENTS」2022年5月号 掲載
※冊子掲載時点での情報です