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「<Vol.4>日本ベンチャー学会」

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日本ベンチャー学会
会長 各務 茂夫 氏(左)

一橋大学商学部卒業、スイスIMEDE(現IMD)経営学修士(MBA)、米国ケースウェスタンリザーブ大学経営学博士。ボストンコンサルティンググループを経て、 戦略コンサルティング会社コーポレイトディレクション(CDI)の設立に参画(創業パートナー)、取締役主幹、米国CDI上級副社長兼事務所長を歴任。学位取得後、世界最大のエグゼクティブサーチ会社の一つハイドリック&ストラグル社にパートナーとして入社。2002年9月東京大学大学院薬学系研究科教員となり、2004年5月、東京大学産学連携本部教授・事業化推進部長に就任。(株)東京大学エッジキャピタル監査役(2004年~2013年)。2013年4月、東京大学産学連携本部(現産学協創推進本部)教授・イノベーション推進部長(現職)。2020年4月から東京大学大学院工学系研究科教授、産学協創推進本部副本部長(兼務)。

インデペンデンツクラブ代表理事
秦 信行 氏(右)

早稲田大学政経学部卒業。同大学院修士課程修了(経済学修士)。野村総合研究所にて17年間証券アナリスト、インベストメントバンキング業務等に従事。1991年JAFCO に出向、審査部長、海外審査部長を歴任。1994年國學院大学に移り、現在同大学名誉教授。1999年から約2年間スタンフォード大学客員研究員。日本ベンチャー学会理事であり、日本ベンチャーキャピタル協会設立にも中心的に尽力。2019年7月よりインデペンデンツクラブ代表理事に就任。



このコラムは、現在全国で数多く生まれているスタートアップ支援組織や支援団体を対象に、その組織や団体が生まれた背景や経緯、支援内容の特色、組織としての今後の方向性、組織からみた日本のベンチャー・エコシステムの現状、問題点や課題などを、組織・団体のトップへのインタビューを通じて紹介するものである。今回は日本ベンチャー学会(JASVE)の会長に先頃なられた各務茂夫氏にインタビューをお願いした。

設立は1997年11月。本学会の目的は、「本学会は、ベンチャー企業および一般企業における企業家活動等について理論・実証・実践に関する研究を行うとともに、産学協同の推進及び企業家活動の支援に寄与することを目的」とされている。会員は正会員、学生、法人、特別賛助に分かれており、現在全体で約1,000名(学識経験者、ベンチャー経営者、大手企業新規事業関係者、学生など)になる。

秦:日本ベンチャー学会(JASVE)という学会のそもそもの理念や目的をお聞きしたい。


各務会長:JASVEは1997年11月に設立された。ソニーの取締役会改革、北海道拓殖銀行の倒産、山一證券の自主廃業があった年で、日本的経営の大きな変節点の中で産声を上げた訳である。戦後まもなくの時期がそうであったように、起業家を中心にイノベイティブな国に生まれ変わらなければならない時代になった。そうした時代に、ベンチャー企業や企業家(起業家)を研究者と実務家が協働して研究・分析し、その洞察を理論化すると同時にそれを実践に生かすために、様々な形で社会に発信する学会、行動して物を言う学会として生まれたのがJASVEだ。

秦:各務会長が所属する東京大学こそ、率先して日本のベンチャー・エコシステムへ大きな貢献を果たしてきたように思うが、いま振り返ってどのようにお考えであるか。


各務会長:2004年の国立大学法人化が大きな転機であった。私自身も同年に薬学系研究科から創設されたばかりの産学連携本部に移り、研究成果をベンチャー企業を通して事業化し活用するための様々な取組みに関わってきた。東大TLOの100%大学子会社化、大学系ベンチャーキャピタル(東京大学エッジキャピタル)の設立、インキュベーション施設の新設運用など。特に、起業家教育の一貫として2005年に始めた「アントレプレナー道場」は今年度で16期目となり、年間400-500名の学生が参加している。
 東京大学をはじめ国立大学法人は、従来の最先端技術を開発する学術の担い手としてのみならず、新しい道を切り拓くベンチャーマインドを持った人材の輩出機関としての役割も求められている。そういう点では、ペプチドリームやユーグレナなど東京大学発ベンチャーの成功事例を生み出すなど、一定以上の成果は上げられたのではないかと考えている。

秦:改めて日本のエコシステムの課題について伺いたい。


各務会長:かの有名なスティーブ・ジョブズのスピーチで、彼はアップルを追われた時のことに触れて「シリコンバレーのバトンを落としてしまった」と言っている。この言葉の意味するところは重要で、シリコンバレーでは日本でいえば「暖簾分け」という言葉があるが、起業家から起業家への連鎖が行われてベンチャー企業が次々に生れ、イノベーションを創出してきた歴史があるように思う。古くは半導体開発のフェアチャイルドセミコンダクター社からフェアチルドレンと呼ばれるインテルをはじめとした数多くの成功企業が生まれてきている。こうした系譜・連鎖を日本でもつくれるか、それが一つの課題であろう。
 ICTの分野では、楽天やmixi、DeNAを経てその後ベンチャーを設立し成功する起業家が生まれてきている。今後大学の基礎研究に見られるようなディープサイエンスの世界にこの流れを創れるかどうかが鍵を握ると考えている。ペプチドリームの創業者菅教授は2社目のチャレンジをはじめたところだ。ユーグレナはリバネスと連携してリアルテックファンドを組成して次代の起業家のために資金提供をしている。彼らのバトンが次の世代へ、日本のベンチャー・エコシステムは確実にネクストステージに向かっている。
 オープンイノベーションも同様に新たな局面に入ってきている。大企業もかつてのようなCSRの中での支援の対象ではなく、目線としては対等の連携・協業相手としてベンチャーを捉えるようになってきた。もはやベンチャーとうまく組めない大企業は生き残れない時代だ。

秦:経営人材の不足も課題の一つである。


各務会長:日本は人材のモビリティが極端に低く、優秀な人材が大企業等に偏在してしまっている。最近はコンサルティングファームや投資銀行の出身者がベンチャー企業の経営者として活躍し始めているが、大企業からもその流れが生まれてほしい。大企業には何らかの理由で死蔵してしまっている技術シーズが山程ある。カーブアウト等を活用し、大企業から飛び出してこれら技術シーズをベースにベンチャー起業家になるケースが増えれば、日本のベンチャー・エコシステムも景色が変わるはずだ。

秦:東京大学ではアントレプレナーに関心のある学生はどれ位いるのか。


各務会長:昨年の新入生に対する学内調査では約10%の学生が起業志向であると聞いている。最近ではユーグレナの出雲社長など身近なロールモデルがどんどん出てきており、以前に比べるとベンチャーに対する学生の意識は大きく変わりつつある。彼らは起業をスマートな職業選択だと捉えているようところがあり、起業は若い時期にやった方が良い、同時に技術やビジネスの最先端にいることでリスクを最小化できると考えているようだ。大企業に進み、いわば自分の運命を預けてしまうことの方がリスクは高いと考えているのではないか。
 私がベンチャー原理主義者だからかもしれないが、2040年の時価総額ランキング上位にトヨタが入っているかどうか、むしろ現時点では小規模なベンチャー企業か、あるいは無名のスタートアップが2040年時価総額トップ30社の半分以上を占めているのではないか、というようなことを夢想することがある。米国ではGAFAが席巻してこの20年で時価総額ランキングが激しく変化した。こうした大きな変化を日本にも期待したいが、そのためには起業家が当事者意識を持って行動できるかどうか。課題先進国なのだから日本のレガシーモデルを海外輸出するのでもいい。学生には、世界に横たわる大きな社会課題に対して、オーナーシップを持って物事の解決方法をクリエイティブに考え、自分のアイデアの新規性を市場から見て評価し、同時にしたたかに算盤勘定をきちんと行うことができる人材になって欲しい。

秦:最高学府である東京大学だからできた、ではなく、地方にもそのような考えが伝播されていくことを願いたい。最後にJASVEの今後の方向性についてお聞きしたい。


各務会長:日本を再度イノベイティブな国にする、そのための課題を解決する当事者を創る、ベンチャーやイノベーションに関心のある若手研究者を学会に引き込みその研究成果を外に発信していく、そうした活動への支援を考えていきたい。ベンチャー研究は現実のデータ収集が難しいので、実務家のサポートは引き続き是非お願いしたい。その過程でJASVEの基盤を強化する意味で学会法人化の検討も進めていく。法人化によって、例えば支援の税制優遇が担保されれば、様々な方々からのご支援も得て若手研究者への経済的な研究支援も視野に入れた取り組みも可能になるかもしれない。

※「THE INDEPENDENTS」2020年4月号 掲載
※冊子掲載時点での情報です